岡山県労働組合会議

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月別 2012年7月

とき:2012年7月26日(木)9時~13時

ところ:笠岡市市役所~広島県福山市大津野石碑公園

7月26日、国民平和大行進は11日目となり、いよいよ岡山県から広島県に引き継ぐ笠岡市役所前での出発集会となりました。

笠岡市職労の皆さん

全国通し行進者の皆さん

応本笠岡市職労書記長の司会で始まり、天野副市長が笠岡市を代表して挨拶を行いました。副市長は、「1958年から55年目の平和行進と聞いている。平和への熱い思いを広島に届けてほしい。世界は今でも戦争と核の脅威にさらされている。戦後67年たって、戦争を知らない子供たちが増えたが、平和の大切さを伝えようと笠岡市でも平和祭で黒い雨を上映した。国民平和大行進の皆さんが世界に向けて平和への願いを発信して欲しい」と力強く話されました。出発式では副議長さんも紹介されました。

天野副市長

笠岡市の実行委員会を代表して樋之津倫子さんが紹介され、「私の夏は今日から始まる。この行進を迎えないと暑い夏を乗り切れない。教師時代に英語版・裸足のゲンという本を通して生徒と原爆の恐ろしさを学んだ。しかし、震災と原発事故から、原発による放射能の危険をなくすことも新しい平和行進の課題となった。6月29日には20万人、7月16日17万人の中央集会が開かれたが、作家の瀬戸内寂聴さんが、行動することで訴えよう、と呼びかけられた。直接訴えることが政府を動かす。一人ひとりがその駒となって行動しよう」と決意を語りました。

樋之津倫子現地実行委員長

岡山コープ笠岡ブロック委員長の竹下優子さんは、「今年は戦後67年。戦争体験者も少なくなってきている。東日本大震災で原発の怖さを知った。知らない土地で心細い生活をされている人たちのことを考えると心が痛む。子供たちに戦争の大切さを伝えたい。平和行進を元気いっぱい歩こう」と母親の立場から切々を話しました。

岡山コープ笠岡ブロック・竹下優子さん

全国通し行進者が紹介された後、県内通し行進者の氏平さんは「県外から放射能を逃れて岡山に越してきた人達が300人くらい集まる集会に参加したが、岡山に来たら安心して 眠ることができると話された。内部被曝の怖さに毎日怯えて暮らす人たちのことを考えると、原発をなくしたいと願い、その思いを強くしている。岡山の日生町は原発の誘致をストップさせた経験を持つ自治体。先輩たちの経験に学びながら平和行進を最後まで歩き通したい」と語りました。

全国通し行進者の渡辺さん

県内行進者の氏平さん

笠岡副市長さん、副議長さんも途中まで一緒に

子供たちも元気いっぱい

行進の途中では城見保育園の園児たちが色とりどりのボンボンを持って迎えてくれ、城見小学校ではそうめんと冷たい麦茶で地元の婦人会の皆さんが迎えてくれました。

 岡山県労会議の花田議長と伊原事務局長は広島の引き継ぎ場所となった大津野石碑公園で、全労連旗を無事に広島県労連の尾野議長と門田事務局長に手渡しました。


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とき:2012年7月27日12時~13時

ところ:岡山中国電力岡山支社前

 7月27日の昼休み、原発ゼロをめざすイレブンアクション岡山実行委員会は中国電力岡山支社前で原発反対を訴えて抗議行動を展開しました。抗議行動にはイレブンアクション岡山の仲間をはじめ、一般市民の方も含めて、実数で90名近い人達が参加しました。それぞれが作成した思い〃のパネルを掲げて「原発止めろ」「上関原発をつくるな」「島根原発の再稼働反対」と岡山支社に向かって1時間叫び続けました。

中国電力岡山支社前の歩道から抗議

抗議行動の最初にマイクを握った県労会議の伊原事務局長は、「岡山には全国各地から放射能から逃れてきている人達が700人もいると聞いている。福島第1原発の事故のように一度過酷な事故が起これば、被害だけでなく過酷な事故になり、被害の保障の大変だ。岡山支社の職員の方々に抗議しているわけではないが、中国電力が危険な原発政策を続け、放射能のゴミを出し続ける事の怖さを考えてほしい。社内でも会社の方針だからではなく未来の子ども達のために真剣に職員の方々が考えほしい」と訴えました。

訴える伊原事務局長

岡山支社の周辺には事前に職員が配置されこちらの様子を伺っていましたが、抗議が始まるとすぐにパトカーが来て警告を受けました。私たちが抗議をするとそれ以降の警告はなくなりました。チラシを握りながら子ども連れで参加した人やネットで見たとか、放射能防護プロジェクトからのツィッタ―で知って参加したとか参加の仕方はいろいろですが、「なんとか中国電力に抗議したいと思っていた気持がやっと実現した」と話していただきました。岡山支社の玄関前でジッと抗議のプレートを掲げて立ちつくす姿がその思いを表していました。

90人が参加した抗議行動

参加者は最後に岡山市支社の玄関前でシュプレヒコールをあげ、会社に原発再稼働断念を求めました。イレブンアクション岡山では、中央の行動に呼応して毎週金曜日に昼休みに抗議行動を行います。

倉敷アリオの公園で集会(デモ行進も行いました)


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とき:2012年7月22日(日)14時~

ところ:岩国市市役所前公園

横断幕を持つ花田議長と中尾代表(右は共産党の垣内氏)

 7月22日、米軍垂直離着陸機オスプレイの配備・岩国基地搬入に抗議する集会が岩国市役所前の公園で開かれ、全国各地からの代表と岩国市民1100人が結集しました。岡山県からは60名が、「オスプレイは米国に帰れ」と横断幕を掲げて参加しました。

集会には1100人が結集しました。

集会では主催者を代表して吉岡光則実行委員長が、「集会を始める前に三沢基地のF16戦闘機が北海道根室沖に墜落した。米国の欠陥機はいらない。23日にはオスプレイが持ち込まれる。自治体ぐるみの住民の反対を無視する政府に怒りを覚える。反対する理由は①欠陥機の配備だけでなく、日米の軍事能力追求と裏腹に安全性が置き去りにされている。②在日米軍は世界侵略のために日本を足場にしている。否応なしにアメリカの戦争政策に加担させられている。政府はアメリカに文句が言えない。一方で国民には痛みを押し付けている。絶対に許せない。粘り強く闘おう」と訴えました。

吉岡光則実行委員長

沖縄の代表(共産党県議)は「全国は一つ。連帯して闘おう」と呼びかけました。司会者が、「各政党に参加を要請したが共産党が出席してくれた」として、井上哲参議院議員と石村智子さんを紹介。井上議員は、「米国は日本の航空法を守るとしながら、日米安保を盾にこれを無視してきた。オスプレイは低空飛行で固定翼機と闘う訓練をしている。高度は152M以下で、はなから日米合意を守るつもりがない。これは環境レビューに書いてある」と話し、オスプレイが海兵隊の先陣を切って闘う危険な戦闘機だとする国会報告を行いました。

井上哲参議院議員(右)と石村智子さん(左)

集会では、全国と中国四国の代表(岡山から中尾元重安保実行委員会代表)が登壇して紹介された後、中央安保破棄実行委員会の東森事務局長は「オスプレイ配備反対の一点で共同して闘おう」とよびかけました。

共同した闘いを呼び掛ける東森事務局長

集会の最後には、「オスプレイの写真に赤い×印」が記入されたカードを一斉に掲げ、「オスプレイ配備反対」の唱和が響きました。

集会の最後はカードを掲げて抗議。この後、参加者はデモ行進へ。


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と き:2012年7月22日(日)9:00~

ところ:倉敷市

概 要:

 

 岡山県内行進は7日目に突入しました。最終日まであとわずか4日となりました。7日目は倉敷市役所~船穂支所間を行進しました。本日のコースで総指揮者を務めた住寄善志さんは出発に先立ち、「倉敷市は平和都市宣言をしている。ここ倉敷でも核兵器のない、平和な世界を求める声をあげよう」とあいさつしました。

倉敷市からペナントも贈呈されました(*^^)v

行進団は「核兵器をなくせ!」「原発をなくせ!」「福島の悲劇を繰り返すな!」とコールしながら歩きました。

健寿協同病院でのミニ集会では利用者の方々が折った千羽鶴が贈呈されました。全国通し行進者の山口さんは、「みなさんから元気をもらった。みなさんのためにもがんばって歩ききる!」と利用者一人ひとりと握手を交わしました。とても80歳とは思えない山口さんの元気には行進団全員が驚かされていました。

霞橋(^_^)/ 橋の上は風が心地よく、爽快な行進になりました


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と き:2012年7月21日(土)9:00~

ところ:岡山市内~早島庁町内

概 要:

 

 岡山県内行進6日目は早島町役場―倉敷市役所間を行進します。朝の陽ざしのもと、早島町役場で出発式が行われました。

 出発式であいさつをした林副町長は、「日本は世界で唯一核兵器により被爆した国だ。そんな日本で平和行進が行われることは大きな意義がある。世界中から核兵器をなくすためにも、頑張って歩いてもらいたい」と話しました。

 出発に際して、県内通し行進者の氏平長親さんは、「私はこれまで平和行進を通しで歩きたいと思っていた。しかし、仕事の都合で歩くことがかなわかった。今回、県内通し行進という機会を与えてもらえて感謝している」と話しました。

 


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と き:2012年7月20日(金)9:00~

ところ:岡山市内~早島庁町内

概 要:

 

岡山市からのペナントを受け取る伊原事務局長

 岡山県内行進5日目は岡山市役所―早島町役場間を行進しました。大変蒸し暑い中での行進となりましたが、行進団一同元気に歩ききりました。

 岡山市役所前で出発式が行われ、花田雅行さん(県労会議議長)があいさつを行い、「7月15日に高梁市で〝夏の雲″という原爆で苦しんだ子どもたちの詩を綴った朗読劇が行われた。原爆の被害にあった子どもたちの写真を見ると心が痛む。世界平和のためにがんばろう」と話しました。

 元気っ子保育園の子どもたちも途中から行進に加わり、「核兵器をなくそう!」「原発反対!」「平和が大好き!」とコールしながら歩きました。車から手を振って行進を応援してくれる人もいました。また、青年が交代しながら平和への思いを歩きながら訴えました。平和行進に加わる子どもたちのためにも、一刻でも早く核兵器をなくしたいと青年たちは決意を固めていました。

 参加者からの感想は「園児たちの参加に励まされ、楽しい行進になった」「保育園児に癒され元気をもらえる。応援してくれ人に感謝しています」などがあります。


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と き:2012年7月19日(木)9:30~

ところ:岡山市内

概 要:

 

 岡山県内行進4日目は岡山県庁―岡山市役所間を行進しました。岡山県庁前で行われた出発式では岡山県総務学事課・福田課長があいさつを行い、「核兵器廃絶を願う皆さんの行動は意義深いもの。今なお2万発もの核兵器がありなくさないといけない。平和の大切さを認識している」と行進団を激励しました。氏平みほ子県会議員は、「核兵器なくす共同の輪を広げるために平和行進をがんばってもらいたい」と行進団にエールを送りました。

 

 午前中は岡山市内の中心商店街を元気に行進。〝平和七夕まつり″の折鶴が飾られた下を「核兵器をなくしましょう」「原発はいりません」とアピールしながら行進しました。行進団は途中、岡山空襲資料館に立ち寄りました。丸山亀雄さん(岡山空襲平和資料館館長)は、「私は67年前の空襲を実際に経験した。こんなことは2度と起こってはいけない。平和な世界を求める平和行進を応援している」と平和への願いと、平和行進への期待を話しました

 

 岡山市役所到着後、集結集会が行われ、県内通行進者の氏平長親さんは、「40年前の1975年に製作された映画『歩く』に当時の私の姿が映っている。全国通し行進者のみなさんと一緒に歩いていると昔のことを思い出し、懐かしい気持ちだ」と話しました。


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とき:2012年7月17日9時~

とこと:備前市役所

2012年平和行進2日目は備前市からの出発。出発集会では地元を代表して中西備前市議が挨拶に立ちました。

日生町鹿久居島の原発誘致反対の闘いを紹介する中西市議

中西市議は、「備前市は平成20年には備前市の非核都市宣言をしている。また、H23年には原子力に依存しない安全で安心な社会の構築に関する意見書、自然エネルギーによる街づくりの推進決議をあげ、核兵器の原発もいらないと決意した自治体。いつもなら備前焼の手りゅう弾をお見せして戦争反対を訴えるところだが、今日は日生町が41年前に原発誘致を止めた歴史ある町だという事を皆さんに紹介したい」と話しました。

備前市役所前で通し行進者の皆さん

続いて備前市から武内副市長が、「心より歓迎。核兵器廃絶は世界の流れだが、核兵器保有国が現実に存在する。核兵器のない公正な世界の実現に向けて身体に気をつけながら広島まで歩いてほしい」と挨拶しました。

竹内副市長

尾川議会議長からは、「世界各地で紛争が絶えない。地道な努力が必要。過去の過ちを繰り返さず、行進の目的が早期に達成される事を願っている」と言葉を送りました。

自治体からは募金とペナントが送られ、参加者からは大きな拍手が送られました。

尾川副議長

また、古松国昭さんが原発誘致を止めた経過を説明し、日生町民の闘いを紹介しました。

古松国昭さん

また、連合町内会の氏橋さんは「中西市議の友人だが、今日は一緒に歩きましょう」と行進参加者を激励しました。


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7月17日~18日、JAL不当解雇撤回裁判原告団と大阪地連の仲間14名は岡山県労会議と共に、2日間にわたり岡山・倉敷駅前で宣伝・署名行動を展開しました。17日には岡山・倉敷市内の労組や市民団体など24団体を訪問し、争議の経過報告と共に団体署名と個人署名を訴えて回りました。また、夕方6時から倉敷労働会館にて学習交流集会を開き、倉敷市職労や倉敷医療生協労組の仲間19人が参加して争議団の訴えに耳を傾けました。

訴えをする西岡ひとみさん

17日は12時30分から岡山駅前で宣伝署名行動を行いましたが、総勢で35名となり、道行く人が次々に署名に応じてくれました。「こんなに署名が集まるには珍しい」と県労事務局もびっくりするくらいでした。中には熱心に質問する人や「解雇は許せない」という人もいました。県労会議の伊原事務局長が最初にマイクを握り、「日本航空の稲盛会長が証人尋問で解雇の必要性はなかった、と断言する裁判で、どうして解雇撤回の請求が認められないのか?しかも日航は大幅な黒字を出している会社。こんな事が通れば日本は解雇自由の国になってしまう」と訴えました。

岡山駅前では署名をしてくらる人が続きました。

続いて、原告団の西岡ひとみさん、小宮良太さん、県労花田議長や国労片岡書記長が次々に訴えを行いました。西岡ひとみさんは、「日本航空は安全よりも儲け優先の会社になった。自分たちは先輩からリスク回避の訓練を受け、お客の安全を守るために頑張ってきた。しかし、会社の利益の犠牲とさせられた。私たちには何の責任もないのに」と話し、小宮さんは、「当初の人員削減目標は1500人だったが希望退職者が1733人となった。しかし、自分たちは整理解雇となった。JALでは今でも退職者が後を絶たず、今年510名を採用したが、それでもたらずに新卒者を200名を採用する事になった。これだけ見ても解雇者を職場に戻せないはずがない。空の安全は危機的な状況となっている。さまざまな事故が相次ぎ、何時大きな事故が起こるか分からない」と利益優先の経営姿勢を批判しました。

全員で写真を撮りました。

1時間の署名行動でしたが、署名は75筆集まり大きな成果を収めました。18日に行われた倉敷駅の宣伝では75分の行動で145筆の署名を集め、大阪地連の仲間も署名の集約数にびっくりしていました。裁判は9月の高裁に向けて準備を始めています。今度は100万筆の署名を目標としています。圧倒的な支援の声で公正な裁判を行わせ、今後とも空の安全と雇用が守られる社会の実現のために支援の輪を広げていきます。


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と き:2012年7月16日(月)12時~12時30分

ところ:備前市寒河~備前市

7月16日、梅雨も明けようとする炎天下の正午、日生町寒河のバス亭前の空き地には兵庫県と岡山県の平和行進団250人がつどいました。

岡山県を代表して、河重寛子さんが挨拶

岡山県代表団の河重寛子さんは引き継ぎ集会のあいさつの中で、「世界から原爆と原発をなくそうと多くの市民が声を上げ始めました。7月15日に県母親大会が開かれ650名が参加する中で、記念講演に招いたマラソンランナーの有森裕子さんがアピール署名にサインをしてくれた」と報告しました。

全国通し行進者の山口さん

全国通し行進者の皆さん

竹田さん

渡辺さん

また、40年前の1975年に製作された映画「歩く」が2007年「被爆者の声をうけつぐ映画祭」にて上映され、その後DVDとなって多くの方が観賞しましたが、その時ディレクターとして活躍されたのが山口逸郎さん(80歳)でした。今回、通し行進者として平和行進の先頭に立たれ、「映画人として行進に参加できことは感無量だ」と涙ながらに話されました。今年の全国通し行進者は、山口さんのほかに、渡辺正郎さん(横田基地の撤去を求める西多摩の会、64歳)と竹田昭彦さん(71歳)です。

氏平さん

県内通し行進者の氏平長親さん(65歳)は、「50年間の民青・共産党の専従生活の中で通し行進は念願だった。広島・長崎・福島・ビキニに思いを寄せて皆さんと一緒に頑張りたい。記録映画に当時の自分の姿が映し出されていた。今回、製作者の山口さんと一緒に歩ける事になり楽しみにしている」と決意を語りました。

岡山県内行進の出発です

引き継ぎ集会を終えると、早速、岡山県行進団120名は備前市役所までの4時間30分間、シュプレヒコールをしながら歩き通しました。


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