岡山県労働組合会議

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カテゴリ   平和

と き:2018年10月9日(火)12:15~

ところ:岡山駅西口さんすて前

概 要

 

岡山県原水協は定例の街頭宣伝を行いました。行動には6人が参加し核兵器禁止条約の批准を訴えました。

 

中島真智さんがマイクを取り、「世界は核兵器禁止、廃絶へと大きく動いている。それなのに日本政府は核兵器禁止条約に調印しないと言っている。これでは世界が期待する被爆国日本の役割を果たすことはできない。北朝鮮の脅威があるからアメリカの核兵器は必要だというが、朝鮮半島の非核化と北東アジアの平和体制の確立にむけた対話による平和への歴史的一歩が踏みだされた。核兵器に頼った平和は明らかに間違いだ」と力強く訴えました。

訴えを聞いていた人は、「すごく大切なことをしている。がんばって」と激励してくれる人や、「私の父が被爆者だ」とコメントしてくれる人もいました。


と き:2018年9月19日(水)18:00~

ところ:マツモトキヨシ前

概 要

9月度の総がかかり行動には40人が集まり、安倍暴走政治に抗議しました。リレートークを行い、8人が訴えを行いました。

戦争をさせない1000人委員会代表の大石弁護士は、「3年前の今日、戦争法が強行採決された。この影響ははっきりとは表れていないが、じわじわと水面下で私たちの暮らしを脅かしている。かつての日本のように国民が戦争に駆り出されることが現実味を帯びてきた。安倍9条改憲を阻止し、私たちの平和な暮らしを守ろう」と通行人に呼びかけました。

県教組の梶原委員長は、「安倍首相は改憲に前のめりだが、政治家には憲法遵守義務がある。安倍首相が改憲発言すること自体が違憲であり、国民の大多数は改憲を望んでいない。何より今求められるのは災害復旧だ。今の政治は国民感覚とあまりにもズレている」と怒りを語りました。

高教組の三上委員長は、「安倍政権になってから様々な悪法が数の力で押し切られてきた。9条改憲すら数の力で強行しようとしている。国家の根幹にかかわる憲法をそんな風に変えることは許されない。何より国民が改憲の必要性を感じてはいない。これ以上安倍首相の暴走政治を許してはいけない」と力強く訴えました。

その他、社民党、共産党、新社会党からの訴えがありました。

最後に、災対連岡山の伊原事務局長が登壇し、「被災地真備町の昼間はボランティアや畑に見える人影で暮らしの息遣いを感じることができるが、夕方になるとあたりは静かで真っ暗な街に変貌する。まるでゴーストタウンだ。被災した農家は9割が支援されますが、書類申請が煩雑で難しく、償還払いのために払えるお金がないとの怒りの声が上がっている。これは行政との闘いだ」と被災地真備の状況を話しました。


と き:2018年9月11日(火)

ところ:岡山市勤労者福祉センター5F

概 要

 

9月11日(火)、オール沖縄に連帯する岡山県連絡会主催で翁長前沖縄県知事の志を引き継ぐぎデニー玉城さんの勝利を目指し、沖縄連帯集会を開催しました。県内各地から80名が参加しました。オール沖縄に連帯する岡山県連絡会は、8月19日にドキュメンタリー映画「米軍が最もおそれた男その名はカメジロー」の自主上映会を行うなど、沖縄知事選挙までに、沖縄の問題点と知事選勝利の意義を広める様々な集会を開催しています。

情勢報告を行った氏平さん(革新岡山の会)は、「7月27日の記者会見で辺野古埋め立て承認を撤回する意思を表明した翁長雄志知事が8月8日に急逝した。そのため、11月予定だった県知事選挙が9月30日投票に前倒しになった。オール沖縄の玉城デニーさんは、翁長知事の後継者として全会一致で候補者に決定された。推薦団体の統一的な選挙母体としてひやみかちうまんちゅうの会も結成されて陣営の団結と体制が強化されている」と話しました。

佐喜真候補は、新基地建設に対する態度示さず、争点をそらすことや、警察を動員した差別的な活動規制を、自民党政権の協力の下で行っています。氏平さんは、「オール沖縄は争点隠しの佐喜真候補を公開討論会に引出し、フェイクニュースやデマ宣伝に対しても機敏に法的措置や反撃も展開することで支持を広げている」とオール沖縄の活躍を語りました。

会場からは、「戦争につながる新基地はいらない」「翁長知事の遺志を受け継ごう」、「誇りある豊かな沖縄を実現したい」など安倍政権の暴走に対する怒りと、玉城デニー候補の魅力ある政策を徹底して広げることの大切さが語られました。また、ピースナインによるミニ・コンサートが行われ会場は盛り上がりました。

会場での募金が55,759円が寄せられ、参加できない人から託された募金が集会に持ち寄られ、合計で118,959円の募金が集まりました。


と き:2018年8月27日(月)17:30~

ところ:岡山駅西口さんすて前

概 要

 

戦争をさせない、9条壊すな、総がかり行動実行委員会は3000万人署名を集めました。行動には4人が参加し、30分で7筆の署名を集約しました。

県労会議の弓田さんは、「安倍政権は集団的自衛権の行使容認、安保関連法を強行した。9条に自衛隊を書き込むことが実現すれば、名実ともに軍隊と同じになり、日本はあまりかと一緒になって世界中で武力行使をすることになる。しかも、その目的は日本の国益=経済的利益を守るためとされている。日本の利益のために海外で戦争をすることが許されていいわけがない。憲法9条の平和主義を守ろう」と訴えました。

また、県労倉敷の平林明成さんは、「9条改憲をどう思うか」と問いかけ、「もしかしたら自分には関係ないと思っているかもしれない。しかし、憲法9条が変えられ、平和主義がなくなることは何を意味するのかを考えてみてほしい。この問題はみなさん自身の生活に直結する問題だ」と述べました。

安倍政権は2020年の改憲発議を目論んでいます。総裁選でも改憲を宣言し、改憲派の中でも1000万人署名を開始しています。一人ひとりが自分たちの問題として憲法を考え判断していくことが求められます。


1月9日(火)、岡山県原水爆禁止協議会は定例の核兵器廃止署名にとりくみました。2018年初めの行動ということもあり、15人が参加し、23筆の署名を集めました。

平井事務局長は、「核兵器禁止条約が成立し、国際社会は核兵器の全面禁止と廃止に向けて大きく前進している。しかし、日本政府は条約の批准を拒否し続け、被爆者の気持ちを傷つけている。世界で唯一の核被爆国である日本がなぜ条約を批准しないのかと国際社会からは批判が出ているが、日本はアメリカ追従で核抑止力論を擁護している。北朝鮮の核兵器を批判しながら自らの核保有は正当化するアメリカの姿勢を容認することはできない。書くと人類は共存できるものではない。日本政府は被爆国として核兵器廃止の先頭に立つ責任がある」と訴えました。

書名に協力してくれた人の多くが、「核兵器はなくさないといけない」との思いを寄せてくれました。また、北朝鮮の核武装など、核ミサイルが拡散している状況に危機感を抱いている若者もいました。


と き:2017年11月14日(火)

コース:瀬戸内市・備前市・和気町・赤磐市

概 要

 

岡山県原水爆禁止協議会は、7月7日に国連で核兵器禁止条約が採択されたことを受けて、日本政府に条約批准を求める自治体キャラバンにとりくんでいます。

要請項目は、①日本政府に対し、唯一の核被爆国として核兵器禁止条約に署名し、批准することの意見書を上げてもらうこと。②ヒバクシャ国際署名に自治体としてとりくんでもらうこと。③被爆写真展への協力要請の3点です。

瀬戸内市では武久顕也市長も出席され、「核兵器廃止の思いはみなさんと同じだ」とし、ヒバクシャ国際署名、写真展へ協力を約束していただきました。

要請団は、「北朝鮮に対して圧力一辺倒の日本政府の姿勢は事態を悪くする。現代の技術を用いれば、直接ミサイル攻撃することなく、高高度で核爆発を起こすことですべての電子機器を無効化できる。日本は原発がたくさんあるので極めて危険だ。日本政府は核兵器廃止の先頭に立たないといけない」と対話による解決を訴えました。

備前市では、石原議会事務局長が出席されました。写真展については議会と協議の上で決定するとのことでしたが、「署名については協力させてもらう」と返答していただきました。

要請団は、「核兵器禁止条約が採択されたのは、被爆者の運動の成果だ。このことは国際社会でも認められ、世界は大きく変わっている。写真展は、原爆の悲惨を視覚的に体験でき、世界平和に貢献する人材を育てる教育的意義もある」と写真展への協力を求めました。

和気町では、大森直徳町長、当瀬議長が参加されました。大森町長は、「要請の趣旨には賛同する。町としては非核平和の町宣言を行うに至っていない。また、核兵器禁止条約を採択することを町として要望するのはなかなか難しい」と述べました。署名と写真展への協力は大森町長、当瀬議長ともに協力を約束していただきました。

赤磐市では、前田総務部長と作間総合政策部長に対応していただきました。意見書について、「国の動きの中で市町村としてどう判断したらいいのか。それでも、条約の意義はよくわかるし、核兵器廃止には賛成だ。皆さんの運動はとても大切なこと」との回答がありました。写真展と署名については快く引き受けてもらいました。

核兵器禁止条約の意義、ヒバクシャ国際署名についてはどの自治体でも賛同をいただくことができました。被爆者の高齢化によって、原爆の悲惨さを伝えることのできる人が少なくなっています。そうした状況の中で、核兵器禁止条約を日本政府が批准しないことに対する疑問も抱いている様子でした。

また、日本の被爆者を先頭にした核兵器廃止の運動が国際世論を動かしていることも共通の認識でした。各自治体に今後とも協力していただき、国民世論を盛り上げ、条約批准を実現していきたいと要請参加者は確認し合いました。


と き:2017年9月8日(金)12:15~
ところ:中国電力岡山支社周辺
概 要

原発ゼロをめざすイレブンアクション岡山は248回目となる抗議行動を行いました。今回の参加者は16人で強引に進められる原発再稼働に反対の声を上げました。

出発前のミニ集会では、東京電力福島第1原発事故で避難指示が出た福島県双葉郡で、労働力の中核となる生産年齢人口の無職率が、3割と高止まりしたままであり、東電による賠償や行政の住宅支援が終了しつつある中、被災者への自立支援が課題となっていること。また、政府は日立製作所が英国に建設する原子力発電所について、日本のメガバンクが融資する建設資金を、日本貿易保険を通じて全額補償するつもりでいることが報告されました。

国内外でなりふり構わない原発依存が続いています。


8月5日(土)~6日(日)、原水爆禁止世界大会青年バスツアーが企画され、38人の青年が参加しました。主催は「Peace Pieceおかやま」で今年で10年目となりました。

広島に到着すると、被爆証言の聴き取りを行いました。お話をしてくれたのは波田保子さんです。波田さんは、「日本は戦争に負けるのではないかという雰囲気が高まる中、山県郡にあるお寺に集団疎開することになった。7~8歳だった私は泣いてばかりだった。原爆投下された8月6日は、先生に連れられて竹藪の中に逃げた。その後、先生たちが家族調査を行うために広島市に入ることになり、広島の惨状を聴かされた。それ以来、私たちは毎日門前で迎えを待つようになった」と当時を振り返りました。父親が波田さんを迎えに来てくれたのですが、「はじめはそれが父だとはわからなかった。父は友人の家で原爆に合い、かなりの重傷を負っており、服は焼け焦げ、肌はやけどで腫れていたからだ。私を連れて帰る途中で父は体調を壊し、そのまま救護所に運ばれた。急性原爆症だった」と語りました。

波田さんは卒業後、高等学校に行きたかったのですが、家庭を支えるためにゴム靴工場に就職しました。「両親は日雇いで働いていたが、父は原爆の影響から体が思うようにならず、働けないこともあった。それでも、父としての威厳を保とうとする父が嫌いだった。早く家庭から抜け出したい思いもあり、5歳年上の男性と結婚した。夫とは何でも話し合え、私を受け入れてくれた。やっと、幸せな家庭が築けると思った矢先に、会社が倒産してしまった。苦労しながら、私は福島病院に勤務することができた」と当時の苦労を語りました。

波田さんは病院勤務をするようになってから社会に目が向くようになり、「福島病院には原爆症の患者がたくさん来る。すべての命は平等であることを痛感した。今だからこそ、父も原爆症で苦しんでいたとわかり、その時の父の気持ちがわかるようになった」と話しました。

最後に、「私は世界から核兵器がなくなるまで訴え続ける。核兵器禁止条約の批准を日本政府は否定している。これからは、批准するようにと署名を集めることが大切だ」と政治のあり方を変えることを訴えました。

感想交流では、「自分の父を受け入ることができなくなったのも原爆があったから。核兵器はあらゆる人間関係までも破壊する」「核兵器の恐ろしさを身をもって知っている被爆者の闘いが戦争を防いでいると思った」「波田さんは淡々と語るが、背景には様々な思いがあるはず」と語られました。

原爆の子象前で記念撮影

折り鶴を奉納

 


7月12日(水)、安保法制違憲訴訟第3回口頭弁論が行われました。法廷は傍聴者で満員となりました。

 

今回の裁判から裁判長が横溝邦彦氏に交代となりました。そのため、これまでの経緯を今一度確認するため、弁護団が陳述を行い、「安保法制は与党側の強引な国会運営において成立した。憲法の確立した従来の解釈を変更して国の方向を大きく転換させる重大問題であったにも関わらず、立憲主義の国での出来事なのかと疑わざるを得ない強硬な議事運営の連続だった。これで民主主義の国といえるのか。安保法制法は明確に憲法に違反している。これを正すことができるのは司法しかない。憲法に真正面から向き合った勇気ある審理と判決を期待する」と述べました。
その後、原告4人が意見陳述を行いました。市場恵子さんは、「戦時中、日本軍がつくった慰安所によって多数の女性が性被害にあった。中国、朝鮮、東南アジア、オランダなどから女性が拉致され、騙されて連れてこられ、従軍慰安婦として日本兵の性のはけ口にされた。今でも被害にあった女性たちは苦しみ続けている。戦争によって被害を受けるのは女性や子どもたちだ。絶対に戦争はいけない」と力説しました。傍聴席からは本来は禁止されているのですが、拍手が沸き起こりました。


裁判終了後の報告集会では、弁護士の河田共同代表が、「この裁判は集団的自衛権行使容認を問題にしている。そのことによって私たちの生活の安心・安全、平和が脅かされたという訴えを起こしている。今後はその証拠として原告のみなさんに陳述書を作成してほしい」と話しました。


と き:2017年6月29日(木)19:00~

ところ:城下地下広場

概 要

 

6月29日(木)、ピースキャンドルが行われました。72年前、真夜中に空襲警報が鳴らなかったことも重なり、多くの市民が犠牲になりました。この集会は岡山大空襲を忘れず平和を祈念するために毎年行われており、今年は50人が参加しました。

集会では、中務愛子さんによる空襲紙芝居、アカペラグループm_Rob.によるライブも行われました。

空襲体験者の青山静さん(92)が自身の経験を語りました。当時、20歳だった青山さんは、師範学校の寄宿舎に居たときに空襲にあいました。「渡り廊下は火の海で消そうにも消せない。そこで、窓から運動場まで逃げた。しかし、いつ焼夷弾が落とされるかわからない。そこで、北に向かってただ必死に走った」と当時を振り返りました。上級生だった青山さんは下級生を連れて逃げることになりました。

「体力的にもまだ幼い後輩たちは、もう走れないと諦めかけていた。それでも、激励しながら必死に逃げ続けた。牧石の辺りにまで着くと、火の手も回っておらずやっと安心できた。空襲翌日の朝、牧石学区の婦人部の方々が配ってくれたおにぎりが今でも忘れられない」と話し、「奇跡的に学校の生徒は一人の犠牲も出なかった。私の無事を祈り続けた母は、家に帰ると、生きとったんか!と涙を流して抱きしめてくれた」と生きていた喜びを涙ながらに語りました。

その後、キャンドルに灯をともし、犠牲者に追悼をささげました。アピールを読み上げたのは岡山県人権連の中島正智さんで、「空襲や戦争の体験を語り継いでいくことが、今どんな意味を持つのか、もう一度、周りの灯りを見ながら、一人ひとりにできることをかんがえてみませんか」と呼びかけました。

岡山史によると、1737人が空襲で亡くなったとされています。しかし、いまだ正確な犠牲者数はわかっていません。市街地は焼け野原となり、禁酒会館、内山下小学校などわずかな建物しか残っていません。平和な世界がを実現させるためにも、戦争の悲惨を語り続けていきましょう。


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