岡山県労働組合会議

はい、岡山県労会議です。086-221-0133

月別 2013年7月

と き:2013年7月30日(火)12:15~

ところ:岡山市内

概 要

 追加配備されることになったオスプレイ12機が住民の反対を押し切って、岩国基地へ30日、陸揚げされました。今後、一週間程度で沖縄普天間基地へ配備される予定です。また、米空軍がオスプレイのさらなる配備先として横田基地を検討していることも明らかになり、全国各地で低空飛行など危険な訓練が行われる危険性が現実味を帯びてきました。

出発にあたって、情勢報告と決意を述べる中尾代表

 安保条約破棄諸要求貫徹岡山県実行委員会はオスプレイ追加配備に反対するデモ行進を沖縄・岩国に連帯して行いました。午前中は激しい雨が降っており危ぶまれましたが、午後には何とか雨がやみ無事にデモ行進を行うことができました。

 出発集会で中尾代表は、「オスプレイ配備を阻止しようと沖縄県では10万人規模の集会が開催された。しかし、政府はこの声に一切耳を傾けず、オスプレイ配備を強行した。オスプレイは全世界の全ての場所で米軍が戦闘行為意をする際に、後方支援を行う輸送機だ。日本からオスプレイをさせるということは、集団的自衛権の本格的行使に他ならない。沖縄をはじめとし、全国各地を戦闘訓練区域と見立てて飛行訓練を行うことは、憲法違反だ。アメリカと日本政府の横暴に対して怒りの声を上げよう」と訴えました。

 40人が参加した今回のデモ行進では、「いいねコール!」を行いました。「沖縄に連帯して基地のない平和な日本を実現しよう!」とのアナウンスに続いて、「いいね!」と参加者は声を上げました。途中、電車を待っていた高校生がコールに応えて「いいね!」と親指を高く挙げてくれました。


平和っていいね!

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と き:2013年7月28日(日)14:00~

ところ:岩国市役所前公園

概 要

 昨年7月、日米両政府は市民の反対を押切りオスプレイを岩国に搬入しました。今回、新たに12機の追加配備を決定し、7月30日に岩国基地に到着することを通告しました。岩国市は大雨・洪水警報が出されていましたが、全国から1200人が集まり、市民団体主催でオスプレイ追加配備に抗議する集会を開かれました。

 実行委員会を代表して桑原清実行委員長があいさつを行い、「オスプレイにはオートローテーション機能の欠如、突発的事故への対応機能がないことなどの欠陥が指摘されている。日本政府は昨年5月にオスプレイの安全性が確認されたと声明を出した。しかし、ヘリモードは基地内に限るなどの日米合意は守られていない。日本政府の安全宣言はすでに破たんしている。オスプレイは沖縄にも岩国にもいらない。力を合わせてオスプレイをアメリカに送り返そう」と市民集会への決意を述べました。

 続いて、佐々木明美さん(社会民主党山口県連合代表)が登壇し、「安倍政権は集団的自衛権の行使、憲法9条の改憲を行うとしているが、それはアメリカの戦争に際限なく付き合うことを意味する。つまりオスプレイ配備は改憲への道、戦争への道だ。安倍首相は日本をとり戻すと言うが、アメリカ従属的な態度を改め、国民の声をアメリカに届けることだ」と連帯のあいさつを行いました。

 仁比聡平さん(日本共産党参議院議員)は、「雨が降っているがオスプレイは刻々と岩国に迫っている。そもそも基地の沖合移設は岩国の騒音問題を少しでも軽減することが目的だった。住民との約束を裏切り、新しい滑走路、艦載機の受入、米軍住宅の建設を強行したが、誰が一度たりとも認めたことがあるだろうか」と岩国市民の気持ちに思いを馳せ、「岩国の基地強化はオスプレイの配備が目的だったことがこの一年で明らかになった。オスプレイの追加配備は沖縄のためだといっているが、沖縄県民はオール沖縄でオスプレイに配備は絶対に許さないと声を上げている。住宅地上空は飛ばない、ヘリモードは基地の中だけなどをとりきめた日米合意は一切守られていない。沖縄の全自治体が安倍総理に提出した建白書では、『米軍は今が占領中であるかのように某弱無人にふるまっている』と厳しく指摘している」と述べました。最後に仁比聡平さんは、「辺野古新基地に対しては2000通を超える反対の意見書が寄せられている。沖縄にも岩国もオスプレイはいらない。米軍基地の強化は許さないというのが国民の多数の声ではないだろうか。追加配備は本土の米軍基地を拠点とし、無法な低空飛行訓練の拡大を呼び起こすものだ。国内に設定されたルートの上をオスプレイが勝手に飛び回り、子どもたちを脅かすことになる。そんなことは絶対に許さないという私たちの闘いを大きく広げることが求められている。自民党が国会の多数を握ったとしても、国民の本当の願いとは馴染んでいない。大きな国民運動を徹底して広げ、憲法が活きていく新しい日本をつくろう!」と集会参加者にエールを送りました。

 その後、集会アピールが採択され、岩国駅までデモ行進しました。参加者は、「オスプレイはいらない」「米軍は日本から出て行け」「基地のない平和な日本をつくろう」とコールしながら歩きました。この集会へは岡山県から9人が参加しました。

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とき:2013年7月26日(金)12時15分~

ところ:中国電力岡山支社周辺

7月26日、金曜イレブンアクションは1周年となる抗議行動(49回目)を行いました。

この行動には27名が参加をして、いつも通り、中国電力岡山支社周辺を5周替え歌で抗議をした後、6周目はシュプレヒコールで訴えました。

報告では、伊原事務局長が朝日新聞からひろった記事を紹介して、「原発の再稼働申請が行われているが不備が明らかになって、保留された原発が6基ある。理由は過酷事故に対する対策は個々の原発によって違うにも拘わらず、1つの原発の解析を流用して使っているなど、ずさんな申請が目立つ。如何に電力会社が規制委員会を見下しているかが分かる。大飯原発に至っては地盤の状態さえ把握していない」と批判しました。また、福島1原発の廃炉費用を電気料金に上乗せする方針を経済産業省が明らかにしたとして、「理由は電力会社が古くなった原発の廃炉をためらわないようにするためだとしているが、電力会社に甘い経済産業省の体質がよく分かる」と皮肉を込めて報告しました。

抗議行動はその後、「♪~上を向いて歩こう~の替え歌」を歌いながらデモ行進を行いました。途中、平和行進が26日で広島に引き継ぐことから、「原水爆禁止世界大会を成功させよう」「核兵器を廃絶しようと」アピールしました。

中国電力岡山支社抗議行動ニュース13.7.26

上を向いて歩こう2

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と き:2013年7月26日(金)9:00~

コース:笠岡市役所~広島県福山市大津野石樋公園

概 要

 岡山県内国民平和大行進はいよいよ本日で広島に引継ぎです。笠岡市役所で行われた出発集会には約80人が参加し、天候にも恵まれ元気いっぱいに歩ききりました。

 天野副市長があいさつを行い、「核兵器のない世界は人類の多年にわたる願いだ。私たちの願い実現に向けてがんばってもらいたい」と行進団を激励しました。

続いて、樋之津市議会議員は、「平和行進は今年で55年になる。この平和行進の歴史に自信を持って広島まで歩こう。政府は原発再稼働、輸出を進めている。唯一の被爆国である日本として、恥ずべき行いだ。未来の子どもたちが生きていてよかったと思える日本にしよう」と述べました。

岡山コープ笠岡ブロックからは、「世界中の人々が文化的な生活を送ることができる社会をつくるために、核兵器廃絶に力を尽くそう」とメッセージがありました。

 行進団は元気に出発し、「核兵器はいらんのじゃ!」「米軍基地はいらんのじゃ!」と岡山弁でコールしながら行進しました。

 行進の途中では城見保育園の園児たちが迎えてくれ、城見小学校ではそうめんと冷たい麦茶で地元の婦人会の皆さんが迎えてくれました。

 引継ぎ場所である大津野石樋公園に到着し、無事に広島県のみなさんに行進旗を引き継ぐことができました。

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とき:2013年7月25日(木)9時~

ところ:浅口市金光総合支所~笠岡市役所

7月25日(木)、国民平和大行進は浅口市金光総合支所から笠岡市に向けて歩みを進めます。

    河手秀夫支所長

出発式では金光総合支所長の河手秀夫さんが激励のあいさつ。「核兵器廃絶と恒久的平和実現に向けて努力されていることに敬意を表する。原爆が投下されて68年、忘れることのできない夏が来た。核兵器の悲惨さを訴えてきたが、今尚、核兵器は世界の脅威となっている。核兵器廃絶・国際平和の実現に向けて努力してほしい」と話し、行進団に募金を贈呈しました。

     浅口市・桑野市儀

続いて、国民平和行進実行委員会を代表して浅口市の桑野市議が、「2月に宮城県南三陸町にボランティアに行った。現地では進まない復興を心配する声が多かった。福島県の人達は再稼働を危惧されていた。福島の最大の教訓は人類と核は共存できないことだ。しかし、事故を起こしたから安全とか、海外に売り出すとか本末転倒な事態が進行している。また選挙では国防軍をつくって戦争をする国づくりが進められようとしている。暗黒の政治は許せない」と核廃絶の決意を語りました。

   東京ー広島通し行進者の村田澄男さん

通し行進の村田澄男さんは、「東京―広島コースの行進者として岡山県入りした。82日目になった。間もなく世界大会がはじまる。政治の世界では核兵器保有を主張する議員もいる。核兵器をなくそう、9条を守ろう、原発はゼロを求める多くの国民との矛盾がある。日本国民の声を示すチャンスは2013年の世界大会しかない」と話し、世界大会への参加を訴えました。

   県内通し行進者の中島正智さん

県内通し行進者の中島さんは「今日で県内10目となった。昨日は小学校の男の子2名が一緒に歩いた。昔、父と一緒に歩いたことを思い出し、若い世代の責任を感じた」と昨日の行進を振り返って、決意も新たに挨拶を行いました。

     田村諭副市長

       柚木毅議長

途中、浅口市の休憩後、出発集会では田村諭副市長と柚木毅議長が挨拶、募金とペナントが送られました。

      大内常章町長

       岡本雅道議長

里庄町では大内常章町長、岡本雅道議長が激励のあいさつをして、職員の皆さんも沢山見送りに出てくれました。

     森岡總子議会議長

到着地点の笠岡市役所では森岡總子議会議長ははじめ職員の皆さんが横断幕を掲げて出迎えてくれ、市職労の主催でピースバルーンを上げました。

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とき:2013年7月24日(水)9時~

ところ:倉敷市船穂支所

7月24日(水)国民平和大行進は岡山県入りをして9日目となりました。朝9時、倉敷市船穂支所の出発式には30人が参加しました。司会は倉敷医療生協船穂支部の池上さんです。

      國府(こう)船穂支所長

最初に國府船穂支所長が、「広島・長崎に原爆が投下されて今年で68年になる。今尚、核兵器は世界に2万発以上あり人類を脅かしている。被爆国民として、広島・長崎の惨禍を忘れることはできない。この悲劇は語り継いでいかなければいけない。NOーモア!広島、NOーモア!長崎。核兵器廃絶を訴えて歩く平和行進が世界から核兵器をなくすことを願っている」と挨拶しました。この後、船穂支所からペットボトル募金が県内通し行進の中島さんに手渡されました。

日本共産党田儀倉敷市儀

現地実行委員会を代表して田儀市議が平和行進の歴史を紹介しながら、「元気よく核廃絶を訴えて行きたい。平和行進は今年で55年となる。第1回の平和行進は1958年6月20日に広島から出発した。当時は1人で西本とお坊さんが広島を出発したが、東京に入った時は1万人の大行進となった。この行進が岡山に到着した時、増本さんが同行して東京まで歩いた。船穂町からは柚木進子さんが県内を歩いた。柚木さんはその後亡くなられたが、今は娘さんの康子さんが歩き続けている。こうした感動的なドラマがある。先の参議院選挙では反戦・平和を訴える日本共産党が議席を増やした。平和運動の力になる事は間違いない。NPT再検討会議を成功させるために奮闘したい」と話しました。

村田澄男さん(全国通し行進者・広島コース)

全国通し行進の村田澄男さんは、「東京を出発して今日で81日になる。12都府県90日の行進も残り少なくなった。核兵器廃絶の願いを各地で訴えてきたが、世界大会に多くに人に参加してほしい。原爆展も多くに人に観てほしい。世界では核兵器廃絶の約束がされているが、その道筋が明らかにされてない。平和行進がその役割を果たせればこんなに素晴らしい事はない」と広島への決意を語りました。

    県内通し行進の中島正智

県内通し行進の中島さんは「体調に気を付けて核兵器廃絶を訴えていきたい。若い人も参加しているが、若者が次世代の子ども達に核兵器廃絶運動を伝えていかなければと思っている」と次世代に運動を引き継ぐ事の大切さを語りました。

この後、行進団は玉島市所、金光支所に向かって元気よく出発しました。

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と き:2013年7月23日(火)8:45~

コース:総社山手支所~倉敷市真備支所

概 要

 8日目を迎えた本日の平和行進は、総社山手支所からスタートです。出発式には30人が参加し、元気よく行進しました。

 山本区長があいさつを行い、「世界の恒久平和をめざしているみなさんの活動に敬意を表します。平和大行進で多くの方々に平和の尊さ、核廃絶の大切さを訴えてください」と行進団を激励しました。

県内通行進者の中島さんは、「たくさんの方に支えられて平和行進を行っている。今日も元気いっぱい、大きな声で平和を訴えていく」と話しました。

全国行進者の村田さんは、「あと少しで広島だ。本当に多くのみなさんが一緒に行進してくれ、多くの力に支えられながら歩いてきた。世界中から核兵器廃絶の声が上がっている。こういう気持ちで平和行進を歩いて行こう」と述べました。

 その後、行進団は「核兵器をなくそう」「基地をなくそう」「平和な日本をつくろう」とコールしながら出発しました。

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とき:2013年7月22日(月)9時~

ところ:倉敷市役所玄関前

7月22日、参議院選挙も終わった翌日、平和行進実行委員会にも参加をする共産党の躍進報道に話題が絶えない朝でしたが、約40人が集まって出発集会が行われました。

司会は倉敷市職労の星原さん(倉敷市職労)

 集会では倉敷市・橋本総務部長が伊東市長のメッセージを読み上げて、「梅雨明けの熱い中、お疲れ様です。核兵器廃絶と恒久平和の願いを求めた取り組みに敬意を表します。世界では核軍縮のご努力がされているが、今尚、多くの核兵器が存在している。平和な社会の実現は人類共通の願い。倉敷市は昭和61年9月に平和都市宣言を行った。宣言の趣旨に従って、平和の実現に向けて施策を実施していく決意です。平和行進が当初の目的を達成されるよう祈念します」と紹介しました。

橋本総務部長

倉敷市からはペナントが授与され、通し行進の中島さんが受け取りました。

倉敷医療生協の阿藤さん(左)

行進団を代表して医療生協の阿藤さんが挨拶をして、「今日は暑い日になる。身体に気を付けて、事故のないように歩いてほしい。昨日の選挙結果では核廃絶や平和を主張する人達が当選した。日本人の良識を感じた。戦争に反対している人が多くいることに安心した」と選挙結果を踏まえて、平和の大切さを語りました。

村田さん(中央通し行進者)

通し行進の村田さんは、「今日で78日目になる。12都府県を通って90日の行程だ。昨日は投票日だった。一緒に歩いてくれた東京の吉良よし子さん、大阪の辰巳孝太郎さんが当選をした。核兵器廃絶を一緒に訴えてくれた。私たちの願いが国政に反映されるのはとてもいいことだと思う。世界大会には代表を送って欲しい」と力強く訴えました。

県内通し行進の中島さん

県内通し行進の中島さんは、「声はガラガラだが今日も平和と核兵器廃絶を訴えたい。日本は非核3原則のおかげで平和が保たれている。先日も保育園の子ども達が参加してくれた。子ども達のためにも核兵器は廃絶したい」と決意を語りました。

総指揮は住寄倉敷市儀

今日の平和行進は船穂支所まで歩みを進めます。

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とき:2013年7月20日(土)9時~15時

ところ:岡山市役所出発~早島町役場

蝉が鳴きはじめ、平和行進の出発集会は朝から賑やかでした。集会は岡山市役所前の大供公園で行われました。最初に岡山市から、社保険福祉局・那須副保健福祉局長が市長のメッセージを代読されました。

保険福祉課・那須副保険局長

メッセージでは「連日の平和行進ご苦労様です。平和な社会の実現に向けた取り組みに敬意を表します。岡山市は終戦前の6月29日の未明、空襲による甚大な被害を受けました。8月6日、9日には原爆が投下され、今尚、多くの方が後遺症に苦しんでいる。岡山市は昭和60年に平和都市宣言を行ない。平成元年に6月29日を岡山市平和の日とした。世界各地の紛争が絶えない中、平和で幸せな社会の輪を求める運動が実る事を願っています」と言葉が送られました。

県労花田議長

県労会議花田議長は、「岡山に入って5日目の行進となる。NPT再検討会議の第2回準備会が4月に行われました。この準備会に高梁市職労出身の岡崎加奈子さんが高梁市長のメッセージを届けた。こうした行動が大きな力を発揮する。選挙も最終版になったが、自民党の石破幹事長は、国防軍が設置されれば、軍事裁判的なものをおく必要があると言いだした。懲役を課さないと軍の命令に従わない国民が出てくると言っている。戦争は人間性を奪うものであり、それが軍隊だ。戦争のない社会を求めて運動して行こう」と話しました。

岡山市被ばく者会・平末さん

岡山市被爆者会の平末さんは、「今日で岡山被爆者会は皆さんとお別れです。精力的な行動に感謝している。被爆者会は今年、20名を東山に合祀した。合わせて696名の方が眠る事になった。残りの人生で、2015年のニューヨーク行動に参加できるかどうか不安だ。しかし、皆さんの行動に励まされている。昨日、長崎市長がはじめて岡山に来た。行進団に激励のあいさつもしてくれた。これからも皆さんの力を借りて頑張っていきたい」と話し、「明日は投票日だが、国防軍が話題になっている。戦時中は学徒動員で多くの犠牲者が出た。朝鮮の労働者も犠牲になった」と当時を振り返りました。

通し行進の村田さんは、「昨日は玉野市で行進をして、総務部長さんと議長さんからペナントと激励の金一封を頂いた。要請に行く前は市役所に非核平和宣言都市の垂れ幕はなかったが、その事を指摘すると行進の準備をしている間に垂れ幕を下げてくれた。市役所の中で原爆展開催も了承してくれた。私たちの声が行政に届いた。平和行進が多くの自治体で受け入れられていることに嬉しく思っている。日本政府が非核宣言を行えば、その声は大きく世界に届く」と玉野市での網の目行進を印象的に語りました。

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と き:2013年7月21日(日)9:00~

コース:早島町~倉敷市

概 要

 平和行進は6日目を迎え、いよいよ中盤です。今回は早島町役場から、倉敷市美観地区を経由し倉敷市役所までの行くコースです。21日は青年デーと位置づけられており、20代を中心とする多くの青年が参加していました。

早島町役場で行われた出発式で、三宅副町長があいさつを行い、「人類は核エネルギーをコントロールできない。核兵器廃絶のみなさんの運動に敬意を表する」と行進団を激励しました。

続いて内山議長は、「68年前の6月29日、岡山空襲のとき私は7歳だった。今でもB29の襲撃を忘れることはできない。戦争は絶対だめだ」と訴えました。

 県内通し行進者の中島さんが、「副町長・議長さん一緒に歩いてください」と呼びかけると快く応じてくださり職員組合の委員長とともに約1km歩いてくださいました。多くの人に見送られながら、行進団71名は倉敷に向け出発しました。

 午後からは全国的に有名な観光地倉敷美観地区を行進。大原美術館前を通り、柳の緑がきれいな美観地区を歩きました。行進団は元気よく、「5月に東京を出発し、8月6日の広島に向け核兵器廃絶を訴えて歩いている平和行進です」と観光客に呼びかけました。日曜日とあって多くの観光客が訪れており、「頑張って」と声援を寄せる人もありました。

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