岡山県労働組合会議

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日付 2017年11月19日

とき:2017年11月19日(日)13時~14時

ところ:岡山駅西口サンステ

久々の日曜となった総がかり行動ですが、11月19日は「おかやまいっぽん」との合同による街頭トークイベントとなりました。とは言ってもほとんど私たちは取り巻きの一般市民としての参加となりました。参加者は65名でいつもより多いイベントとなりました。

3回目となるトークイベントですが、総がかりの私たちが準備を終えると、さっそく、龍門さんの登場です。お相手は法政大学の山口二郎先生。何度も岡山には来ていただいています。岡山出身ということもありますが、衆議院選挙でも、選挙前にもお世話になりました。私たちの政治意識や運動の到達点を整理するうえでも非常に大切な示唆を与えていただけいただけでなく、何度もお話に励まされ続けてきました。

それにしても今日はめっちゃ寒い。さらに風が強くて、タクシー乗り場の工事も終わったばかりで、砂埃の舞うサンステはとても厳しい環境でした。

衆議院選挙結果をどう見るのか?ここがポイントです。山口先生は「今回の選挙で立憲民主党が立ち上がり、大きく前進した。希望の党が生まれ、野党分断の中で一時は共闘が危なかったが、共産党の粘り強い努力もあって与党を後退させることはできなかったが、立憲野党はよく踏ん張れた」と感想を語りました。選挙前のドタバタは何だったのか?と龍門さんが聞くと、「共産党との共闘を嫌った前原代表が希望の党の小池代表と話し合い、選挙前から話を進めていた。希望への合流が突然決まった。ところが小池氏は排除という言葉を使い、これが有権者に拒否された。民進党の議員も希望にいけなくなって立憲民主党が立ち上がった。これに国民が応える形で立憲民主党の支持が高まり、野党一党になった。これは改憲を阻止するうえでも大きな力となった。また、民進党の中でどっちつかずの綱引きをしていたが反共闘勢力が出て行ったために、立憲民主はすっきりした政党になった」とその誕生を歓迎しました。

龍門さんも岡山でのドタバタ劇を紹介しながら野党共闘を実現し、立憲民主党から出馬した高井たかしさんを国会に送るまでの慌ただしい選挙期間を振り返りました。

山口先生は一連の流れの中で、「安倍政権は急速に支持を失いながらも異例の選挙で漁夫の利とも言える結果を得たが、数の上で優っても改憲をゴリ押しすることはできない。すでに公明党が議席と票を減らす中で改憲には後ろ向きであり、所信表明では言っていることにも改憲の軸はない。これまでに様々な政策を打ち出してきたが、それはどこかに行ってしまって、結局、改憲をしたいということは分ったが必然性がない」と安倍政権を批判しました。教育の無償化も財界に金を出させるなどは政治の邪道だ。予算の配分にこそ政治がある。トランプ大統領が日本にきたが、武器を買わされただけで、日本がアメリカと対等の関係にないことを印象付けただけだ。その点、韓国や中国は違った。北朝鮮問題で世界が対話による解決を求めているが、安倍首相だけが武力と経済的圧力を強調しており、まったく信頼されていないことも安倍政権の支持基盤が弱いことを示している」と話しました。トークイベントは一時間で終わり、その後は勤労者福祉センターでの「9条改憲NO!岡山県民アクション集会」に引き継がれました。


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とき:2017年11月17日~18日

ところ:名古屋市・ウィルあいち、ウィンクあいち

第13回地域人権問題全国研究集会が11月17日から2日間、名古屋市内で開かれました。全体集会は850人で会場がいっぱいとなり、岡山からは73人が参加をして分科会でも熱心な討論を行いました。

集会では全国人権連・丹波正史議長が水平社創立から96年の歴史を振り返り、部落解放の運動が分裂と発展の中でも部落問題全国研究集会が果たしてきた歴史的成果を整理して、①研究集会として当事者が人権と民主主義の大切さを広げたこと、②差別を生む新しい要因を克服する重要な役割を果たしたこと、③部落問題を解決する理論と政策の発展に尽力し解決への主体を形成したとまとめました。さらに、全国研究集会は2004年から名称を変えて開催してきたが、第13回目のこの集会は憲法の平和と人権、民主主義の理念と制度を国民共同の営みの中で擁護・発展させること、部落問題解決の逆流となる「部落差別の解消の推進に関する法律」を発動させない運動と地域人権憲章の実現が求められていると挨拶しました。

新井直樹事務局長は「憲法が生きる地域社会に」と基調報告を行いました。報告では情勢に触れて、「自民党は国が人権を管理するものへと憲法改悪を狙っている」として、それと軌を一にして「部落差別解消法」が成立した。深刻な国民各層の人権問題から目をそらさせるために、部落問題が存在するかのような虚構に立ってその解消を国や自治体に強要している。解消法の乱用を防ぐ運動と世論を広げようと訴えました。

講演は2本行われ、一つは奥山峰夫先生(元大阪経済法科大学教授)の「部落差別解消推進法の差別認識について」のお話です。奥山先生は「推進法は部落差別とは何かの定義もないままに成立した。それだけでなく、何ら具体的なデータを示すことなく部落差別が今も存在するがごとく、解決に至っていないと断定している」と推進法の誤りを指摘しました。その上で、最近刊行され新聞でも取り上げられた斎藤直子氏の「結婚差別の社会学」に触れ、「部落を超えた結婚が増加している中で、出会うチャンスの増大が、結婚差別の増加を生み出しているとしているが、データは差別体験のない人が多数であるにも関わらず、分析の視野に入っていない。これでは木を見て森を見ない議論だ」と論評しました。先生は戦前・戦後の婚姻をめぐる事例を紹介しながら、「部落を超えた結婚が増大し、こだわらなくなっている流れが見て取れる」と話しました。婚姻は社会的な問題だが、今後何年立っても「結婚差別」が発生するだろう。「結婚後に勘当され、仲を引き裂かれる悲劇はほとんどなくない。差別などとことさら問題を拡張するのではなく、市民社会の成熟に待つべき問題だ」と差別認識の誤りを指摘しました。

2本目の講演は小森陽一先生(東京大学教授・9条の会事務局長)の「憲法施行70年と夏目漱石誕生150年」をテーマとするお話です。

小森先生は「憲法施行70年になるが皆さんは公布分を読んだことがありますか?」と問いかけ、「1946年11月3日、日本の憲法は朕(天皇の一人称)によって公布された。大日本帝国議会に於いて、新しい憲法が昭和天皇によって公布された日だ」と説明しました。それは東京裁判にかけられずに済んだ天皇がその戦争責任を逃れるための公布であり、憲法が施行された5月3日は「そうしないと決めた」東京裁判が開かれた日だと強調しました。「戦犯として東条英機が処刑された12月23日は天皇・昭仁の誕生日だったことを忘れてはいけない。天皇は誕生日を見返る度に戦争責任を自覚することになり、マッカーサーの戦後処理の仕組みが見て取れる」と戦後、無血革命とされた歴史を振り返りました。

小森先生はその上で「夏目漱石がエッセイや小説の中で軍国主義と戦争がどういうものであったかを書いている。検閲の厳しい社会の中で漱石が巧妙な仕掛け・作風の中に作家としての才能を見ることができる」としました。さらに、漱石が反戦家として、「書かずに読者に読ませる技法」を持ちながら、「軍国主義を私たちはなくすことができるのか?」と問いかけた作家としての言葉に私たちは答を出しているのか?と投げかけました。


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