岡山県労働組合会議

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と き:2011年7月22日(金)

コース:倉敷市役所~船穂支所

概 要:

  本日の平和行進も晴天の下で行われ、倉敷市役所から新しく完成した船穂支所までを行進しました。午前中は40人が参加し、元気よく平和な世界を求めて声を上げました。

 水島支所に到着後昼休憩を取りました。水島支所での出発式では折り鶴とテナントが渡されました。また、合唱団が歌を歌い集会を盛り上げました。その後、健寿協同病院でミニ集会が開かれ、利用者の方々が折った千羽鶴が贈呈され、その数は3万羽もありました。利用者には高齢の方もおられ、行進者一同が胸を打たれました。また、午後からは参加者が増え、合計150人の大行進になりました。

健寿協同病院出発後、霞橋を渡りました。橋の上は風が心地よく、爽快な行進になりました。全国通し行進者の石崎忠雄さんは、「橋の上を歩くのはめったにない。とても風が気持ちいいですね」と元気よく橋を渡りました。

霞橋を抜けてしばらく行くと、第1回平和行進で岡山県内通し行進をされた、柚木進子さんのご家族が沿道で迎えてくれました。平和行進の歴史を感じる一場面でした。

 次回行進のコースは総社市山手支所から倉敷市真備支所です。この総社市コースは平和行進の歴史のあるコースだそうです。どのような出会いがあるのか楽しみです。

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 と き:2011年7月21日(木)

コース:早島町役場~倉敷市役所

概 要:

  本日の平和行進は晴天の下で行われ、70人以上の人が参加しました。早島町役場に午前9時に集合し、出発式を行いました。出発式では日本共産党の須増伸子さんが歌を歌い、参加者は盛り上がりました。

須増伸子さんは歌が上手い!

県内通し行進者の弓田盛樹さんは、「昨日は13人の子ども達が行進に参加してくれました。子ども達が大きな声で“戦争反対”と言うのを聞いて私も負けられないと思いました」と話しました。同じく県内通し行進者の中務愛子さんは、「早島町には友人もたくさんいます。あいにく友人は本日の平和行進には参加していませんが、友人に届けるつもりで今日もがんばります」と話しました。

本日も頑張って歩くと決意を表明

 本日は弓田盛樹さんのシュプレッヒコールを先頭として、平和行進を歩きました。行進に気付いた沿道の人たちは大きく手を振って応えてくれました。また、車を停車して、「頑張って歩いて下さい」と激励の言葉をかけてくれた男性もいました。コープ倉敷北で昼休憩を持ち、平和行進参加者全員にカレーを振舞ってくれました。

みんなで歌いながら行進をしました

倉敷駅構内から倉敷商店街内では多くの人に歓迎される行進となり、倉敷駅内にいた高校生は「こんにちは平和行進です」というシュプレッヒコールに元気よく、「こんにちは」と応えてくれました。倉敷商店街内ではお店の中から手を振って挨拶をしてもらうことが出来ました。倉敷市の多くの人の注目を浴び、商店街の活性化にも少しは貢献できたのではないでしょうか。

青年が平和への思いを訴えました

先輩も負けていません

 平和行進もいよいよ後半の日程となり、倉敷地域に入りました。広島まであとわずかですが、暑さに負けることなく「平和」を叫び続けて行きます。

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と き:2011年7月20日(水)

コース:岡山市役所~早島町役場

概 要:

  本日は岡山市役所前大供公園に集合し出発式を行いました。出発式では地域実行委を代表して県労会議の花田雅行議長が挨拶をしました。花田雅行さんは、「東日本大震災による福島原発事故を受けて、放射能汚染に対する国民の意識は高まっています。このような現状で平和行進を行うことはとても意義のあることです。がんばって歩きましょう」と話しました。また、岡山市からは岸保健局長が市長にメッセージを代読する形で、挨拶をしました。局長は、「岡山市平和都市宣言で核兵器廃絶を願っている。6月29日のおかやま空襲の日は平和の日としています。身体に気をつけて頑張って下さい」と激励しました。また、岡山市被爆者会の平末さんも駆けつけ、挨拶をしました。

 天候は曇りがちで、蒸し暑い中での行進となりましたが70人が行進に参加費ました。途中、西市公園で休憩を取りました。西市公園からは元気っ子保育園の子どもたちが行進に加わりましたお子どもたちを先頭にして行進団は元気よく進みました。また、シュプレッヒコールに子どもたちが続いて、「戦争はイヤだ!」と訴える姿を見た沿道の人たちは、この子どもたちのためにも平和な世界を残さなければならないと感じたのではないでしょうか。

本日沿道の人たちからの支援カンパがあり、合計8,000円の支援カンパをもらいました。

 早島町役場に15:00に到着し、全国通し行進者と県内通し行進者が挨拶をしました。県内通し行進者の中務愛子さん(岡山県医労連)は、「昨日は台風の影響で最後まで歩くことができませんでした。しかし、今日はこうして歩ききることが出来ました。また、子どもたちの姿に励まされました。まだまだ先は長いですが頑張ります」と話しました。また、弓田盛樹さん(県労会議)は、「今日の行進に小さな子どもたちが参加しているのを見て、この子たちのためにも戦争という悲劇は繰り返してはいけないと感じた。明日からの行進も精一杯歩きます」としました。全国通し行進者の石崎忠雄さんは、「東京を出発して今日で76日目になり、残すところ後わずかの日程です。私は定年退職後、平和行進の全国通しをしたいと思っていました。そして、その夢もあと少しで達成できそうです」と話しました。

明日は早島町役場から倉敷市役所まで行進します。

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と き:2011年7月19日(火)

コース:岡山県庁~オルガ

概 要:

 岡山で平和行進が始まって4日目の本日は、岡山県庁を出発してオルガホールまで歩きました。予定では岡山市役所まで歩くはずだったのですが、台風の影響により午後からの平和行進は中止となってしまいました。

 9時30分に岡山県庁に集合し、出発式を行いました。岡山市職労の大平さんが司会を担当し、実行委員会を代表して氏平美穂子県議(共産党)が挨拶をし、「台風の影響で荒れ模様の天気ですが、みなさんの声で台風を吹き飛ばしてください。平和行進がんばりましょう」と参加者を励ましてくれました。

また、岡山県庁の職員の方々からは、「台風の影響で風が非常に強くなっています。台風に負けることなく頑張ってください」と激励の言葉をいただきました。

県内通し行進者の弓田盛樹さんは、「台風が接近し風が非常に強くなっていますが、天候に負けることなく平和を願う思いを叫び続けます」と本日の平和行進への意欲を語りました。

同じく県内通し行進者の中務愛子さんは、「昨日は雨が降る中で、平和行進を歩きました。本日もあいにくの天候ですが、一生懸命がんばります」と元気よく話しました。本日の平和行進には、天候が悪いにも関わらず67人が参加しました。

行進団は中務愛子さんのシュプレヒコールを中心に元気よく行進しました。沿道の人たちか励ましのエールをもらい、行進は盛り上がりを見せました。

 オルガに到着後、岡山被団協の小野田ヒサコさんが自身の被爆体験を話してくれました。小野田ヒサコさんは、「当時私は中等教育を1年早く卒業させられタイピストとして働いていました。戦時中の日本ではとにかくすべてが戦争に勝つためと言った感じでした。タイピング機もかなり傷んでいて、日本の物資がいかに不足していたかを物語っていました」とし、「働き始めてしばらくするとB29が頻繁に襲来するようになりました。夜中であろうと関係なく、B29が襲来したら職場の重要書類をまとめて防空壕に逃げました」と戦時中の職場の様子を話しました。

原爆が投下された8月6日、小野田ヒサコさんはたまたま休暇を取り、家でくつろいでいたそうです。その時のことを小野田ヒサコさんは、「窓に目をやると太陽が近づいてきているのかと思うくらい、大きなオレンジ色のかたまりが目の前に迫っていました。姉が後ろで苦しんでいる声が聞こえましたが、私は何があったのかわからず自分のことで精一杯でした」と話しました。

平和行進について、「戦争は絶対にしてはいけません。みなさんが平和行進を歩いている姿を見ると本当に感激します。日本の平和を守ってください」と行進参加者に訴えました。

 明日は岡山市役所から早島町役場まで行進します。皆さんも平和を伝える行進に一歩でも参加しませんか?

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と き:2011年7月17日(日)9:30.~

コース:備前市役所~東区役所

概 要:

 2011年5月6日に東京夢の島を出発した平和行進は本日で23日目を迎えました。本日は35度を超える暑さの中、県内行進で最長の距離となる備前市役所から東区役所までを歩きました。

JMIUの仲間

午前9時に備前市役所で出発式が行われ、職員の方々からは、「連日猛暑が続いていますが、暑さに負けずに歩き抜いて下さい」と激励の言葉をかけてもらいました。また、平和行進を支援するカンパを備前市役所からいただきました。

その後、県内通し行進者の弓田盛樹さん(県労会議)と中務愛子さん(医労連)が出発に際して挨拶をしました。弓田盛樹さんは、「僕は広島県の出身です。大学生の頃は平和サークルなどに参加し、平和問題に取組んでいました。今でも平和への思いは変わっていません」と平和の願いを込めて歩くことを伝えました。横断幕を掲げ先頭を歩きました。中務愛子さんは、「猛暑が続いていますが、暑さに負けないくらい平和への熱い思いを伝えます」と話しました。

 全国通し行進の石崎忠雄さんと県内通し行進者の2人を先頭に、行進団は、「核兵器をなくそう!」、「戦争をなくそう!」、「基地はいらない!」と元気よくシュプレッヒコールを行いながら歩きました。ときおり歌を交えながら行進をしていると、沿道の高校生や中学生など若い人たちが手を振って応えてくれました。

小さな参加者もいました

 午後4時50分、無事に目的地である東区役所に到着しました。県労会議青年部のメンバーも参加してくれ、本日の行進を通して結束力が強まったことを感じました。

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と き:2011年7月13日(水)12:15~

ところ:天満屋アリスの広場前

概 要:

  梅雨明けを迎え、岡山県では最高気温が30度を超える日々が続いています。7月も半ば、いよいよこれからが夏本番です。岡山県労会議は最賃宣伝を天満屋アリスの広場前で行いました。本日は14人が参加し、署名7筆を集めました。

 暑さに負けることなく伊原事務局長はマイクを握り、「現在岡山県の最低賃金は683円です。最低賃金では普通に働いても、生活保護水準を満たしません。そのため、普通に働いて生活するより、生活保護を受けて生活しているという社会問題も起こっています」と話しました。7月11日から岡山地方最賃審議会が開始されました。県労会議は最低賃金1000円の実現を求めて意見書を今後提出します。伊原事務局長は、「人間らしいまともな生活を送るためには最低でも月23万円が必要だとされています。どうか皆さんの思いを署名に込めてください」と訴えました。

 また、今回の宣伝からシールアンケートを取り入れることにしました。本日のシールアンケートには13人の方々が協力してくれました。アンケート結果は「岡山県の最低賃金はいくらか知っていますか?」という問いに対して、13人の内6人が知らないと回答しました。「職場での悩みは?」という問いに対しては、「給料が安い」、「休みが取れない」、「人間関係について」にそれぞれ4人が回答しています。「残業が多い」と3人が回答しました。

シールアンケートの様子

アンケートに回答してくれた30代会社員の方は、「サービス残業が多い上に、休みが取れないため体力的にきつい」と話してくれました。また、20代男性は、「最低賃金が683円だとは知らなかった」との話してくれました。

 今回のシールアンケートの結果、6人もの人が、最低賃金がいくらであるかを知らないと回答していることには驚きました。これでは、最低賃金を1000円に引き上げることの必要性を感じとることはできないのではないでしょうか。今後も継続してシールアンケートに取り組み、対話を深めることで課題を明確にしていこうと思います。

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 と き:2011年7月10日(日)12:30~

ところ:エデュカス東京7F

概 要: 

 「何とかしよう!就活・就職難」と題した青年の手づくりによる就活フェスタがエデュカス東京7Fにて開催され、48人が参加しました。

 第1部では4人の青年がそれぞれ「就活にお役立ち講座」と題して講演を行いました。その中で、首都圏青年ユニオンの山田真吾さんが労働者の権利について話しました。山田真吾さんは、「労基法を1つでも守らない会社をブラック企業だとするなら、日本にある全ての会社がブラック企業になってしまいます。本当のブラック企業は、人を使い潰すことを前提としている会社のことです。例えば、残業代未払い・社会保険の加入なし・暴力は当然といったような会社がブラック企業といえるのではないでしょうか」とし、「間違ったことを間違っていると思えない人が多いのも事実です。それは労働法を知らなすぎることが原因ではないでしょうか」と自分に与えられている権利について考えること促しました。

 第2部では法政大学キャリアデザイン学部教授児美川孝一郎さんと中小企業同友会全国協議会平田美穂さんの2人を招いての討論会を行いました。

討論に先立って児美川孝一郎は、「日本人の多くは就職するのは大学を卒業してすぐと思い込んでいます。企業側の採用が大学新卒者に偏っているのも問題です。この構図はどのようにしてできたのか。そして、このままでいいのかを真剣に考えないといけません」と話しました。また、平田美穂さんは、「中小企業でも若い人を積極的に成長させようと取り組みを進めている会社はあります。大手、大企業だけが取り組んでいるわけではありません」と話しました。参加者からは、「自分は中小企業でもいいと思っているが周りが許してくれない」、「大学を卒業後就職できなかったら、負け組扱いにされる」などの意見がありました。討論のまとめで児美川孝一郎さんは、「高校生・大学生がもっと主体的に運動しなければいけません。何もしなければ現状を変えることはできません」と話しました。

岡山労働局が県内の大学の報告をまとめた結果、県内の大学を卒業した大学生の就職内定率は87.7%(3月末現在)で、1991年度以来、3番目の低さになりました。また、大学生の就職希望者4646人に対し内定者は4074人。572人の就職が決まっていない状況です。就職活動開始の時期が早すぎて大学で十分学べないなどの弊害も発生しています。この現状にどう変えていくのか、またどうやって学生たちに伝えたらいいのか。活動上の課題が1つが見えてきました。

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と き:2011年7月8日(金)

ところ:県労会議会議室

概 要:

  第2回県労会議青年部準備会が開催されました。各労組から合わせて10人が参加しました。新たに2人の仲間を迎えることができ、青年部の発展に期待が高まります。

 本日は「お仕事交流」と題して、自分たちがしている仕事について語りあい、とても盛り上がりました。JUIU光軽金属支部の垣内さんは、「金属を溶かして、型にはめ込む部署を担当しています。700度の高温で、とても暑いです」と過酷な仕事であることを話してくれました。しかし、仕事に対するやりがいを感じているようで、「杓のような道具を使って型に金属を流し込みます。簡単なようですが、とても熟練度のいる仕事です。もっと熟練度を高めたいです」と話しました。岡山医療生協労組の坪井晶子さんは、「私は岡山協立病院で事務の仕事をしています。岡山医療生協労組の青年部でもがんばっています」と話してくれました。

生協関連一般労組の長尾和孝さんは、「僕は生協で請負として働いています。生協の社員と仕事の内容は同じです。しかし、比較すると休みは少ないし給料も全く違います。僕が労働組合に加入したのはその矛盾を解決するためです」と力強く話してくれました。生協労組おかやまの内田和隆さんは、「僕は生協で配達部門を担当しています。配達を担当するのは生協の社員と請負業務として配達をしている人がいます。違いはどこにあるのかわからない。同一労働同一賃金であるべきだ」と訴えました。

 前回と比べると格段に県労会議青年部は成長しています。メンバー同士の交流も今回の「お仕事交流」を通して深まったのではないでしょうか。8月5日~6日に開催される原水爆禁止広島大会に参加したいとの声があり、県労会議青年部としての参加を検討することになりました。

 次回県労会議青年部は8月12日(金)19:30から開催されます。多くの青年の参加を待っています。

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と き:2011年7月6日(水)

ところ:岡山駅ビックカメラ前

概 要: 

原水爆禁止岡山県・岡山市協議会は核兵器廃絶を求める署名と宣伝を行いました。本日は10人が参加し、署名35筆を集めました。

平井県原水協事務局長は、「福島原発の事故はいまも広い地域を放射能で汚染し、福間県民をはじめ多くの住民の健康を脅かしています。このことは原子力依存の危険性、核兵器の恐ろしさを改めて警告することになっています」と話し、「原子力発電所では1年間で1トンものウランが燃やされています。広島に落とされた原爆は、わずか800グラムのウランで約14万人もの犠牲者を出しました」と核兵器の脅威を訴えました。

核兵器の廃絶を求める署名活動について、「核兵器の脅威をなくすために、核兵器全面禁止条約を制定することは世界共通の課題となっています。核兵器全面禁止のアピール署名は国連パン・ギムン事務総長も支持するとしました。私たちの行っている署名活動は国連公認、世界共通の活動です」と署名への協力を求めました。

 

高校生や大学生の多くが署名に協力してくれ、署名をしてくれた大学生(男性)は、「核兵器をなくすことには率先して協力します」と頼もしい意見を聞かせてくれました。

 8月3日から9日まで、原水爆禁止2011年世界大会が被爆地広島・長崎で開催されます。大会は「核兵器のない平和で公正な世界」をテーマとし核兵器のない世界を実現するための道筋や活動について話し合います。

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と き:2011年7月3日10:30~

ところ:岡山市勤労者福祉センター

概 要:

  岡山労働学校は前日に引き続き、関西勤労者教育協会の中田進さんを講師とし特別講義を開催ました。今回の特別講義には20人が参加し、歴史に学び、歴史をつくることをテーとした社会発展史の学習となりました。

 中田進さんは、「社会とは人と人のつながりです。しかも、それぞれ人は個人として独立しています」と話し、「つながりには①経済的つながり②政治的つながり③文化的つながりの3つがあります」と説明しました。人間社会は経済的つながりが最も基本的なつながりであることから、「人間は自然に働きかけることで、衣食住を生産します。工場や機械など主な生産手段を私的に所有する資本家が生産手段を持たない労働者を支配し、働かせ搾取するのが資本主義社会です」と説明しました。

 社会の発展法則について中田進さんは、「労働者には要求があります。賃金引上げ、労働時間の短縮などです。すべての人が要求意識を共有し、行動に参加したとき社会は発展に向けて動きます」とし、「しかし、資本家は少しでも利益を増やすために賃下げと長時間労働を要求しています。労働者と資本家の意識の違いが行動となり、対立しすることが階級闘争です」と話しました。

1919年に国際労働機関ILOが誕生し、世界の労働組合運動は大きく前進しました。中田進さんは戦後の日本の労働組合運動について、「1945年8月15日日本は無条件降伏しました。アメリカが天皇制を撤廃し、民主的な日本の建設を目指したこと、戦後368万人の労働者が組合に加盟したことなど、日本の労働者を取り巻く環境は飛躍的に変わっていきました」と説明し、「しかし、アメリカは急に日本に対する方針を変更し、安保条約による軍備再編、労使一体型の管理労働組合を形成し、利益最優先の資本主義社会を形成しました。日本政府はアメリカに追従して安全よりも利益を優先した原発推進政策を推進し、国旗掲揚・国歌斉唱を強制する右翼的再編が行われようとしています。いま日本は大きな危機に直面しているといえます」と危機感を持つことを促しました。

「社会を変えるためには闘うしかありません。闘い続けなけなければ社会は前進することはありません。そのために学習によって自身の文化と思想を磨くことが大切です。経済・政治的闘争だけではなく、思想的闘争も欠くことはできません」と中田進さんは力強く訴えました。

 2日間に渡る中田進さんの講義を聞いて、私たちの運動スタイルは一方的になってはいないだろうかと考えさせられました。情勢がめまぐるしく変化する中、労働組合の文化・思想を感じられるような訴えでなければ、大衆の心には届かないのではないでしょうか。今後活動を展開するにあたって、工夫することを考えていきたいです。

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