岡山県労働組合会議

はい、岡山県労会議です。086-221-0133

カテゴリ   活動日誌

とき:2013年8月3日(土)10時~12時

ところ:勤労者福祉センター5階体育集会室

 8月3日、9月22日からの岡山市長選挙に出馬する市民本位の市政をつくる会・氏平長親さんの選挙勝利決起集会が開かれ、地元の金田からの支援者をはじめ165人が参加しました。冒頭、代表の大西幸一さんが、「前回に引き続き再出馬となる。参議院選挙の結果、財界・アメリカ言いなりの自民党と、これと真っ向から対決して国民の命と生活を守れと訴える共産党が議席を伸ばした。安倍政権のTPP、憲法改悪、社会保障の削減、消費税増税、原発再稼働など悪政と闘い、市民の立場で闘う市長が求められている。ここに、市政刷新の重要な意義がある。今度こそ、氏平さんを市長に押し上げて欲しい」とあいさつ。市民の命を守る岡山市政に転換しようと訴えました。

あいさつをする市民本位の市政をつくる会代表の大西孝一さん

 共産党の竹永市議は、「市政をつくるのも動かすのも市民だ。高谷市長は当初、岡山市を会社だとして、自分は社長、職員は社員、市民は顧客だとして、サービス向上のために職員は3倍頑張れと言って行革を推進して、職員の採用を3年凍結してきた。そして、政令市になっても市民サービスは落とさない。国にはっきりとものを言うとしながら、市議会では常に、国の動向を注視するとして、実際には萩原市政の後始末もせず、国言いなりの市政を推進してきた」と報告しました。その上で、「市民本位の市政をつくる会が中心となって、政令市バラ色論を打ち破り、産廃やごみ問題、国保料引き下げなどで奮闘して市政を動かしてきた」と運動の成果を強調しました。

日本共産党竹永光恵市儀

 支援団体からは氏平市長の誕生で市民の意見や要望が反映する市政を実現しようと、弁護士の石田正也さん、林みんなの会から山﨑裕子さん、御津河内産廃処分場建設反対会議から会長の大智豊さん、生協労組関連一般の濱ふきよさんが期待の言葉を述べました。

 

林みんなの会・山崎裕子さん

最後の登場した市長候補の氏平さんは、「20歳の時から世直しの活動に参加してきた。安倍政権の危険な動きは現実味を帯びてきた。市長選挙では暮らしや命を守る方向で市政を切り開きたい。市民の声を集めて市政に生かしたい。財界の人達の思惑で動く市政の流れを変えたい。自分は憲法と共に成長してきた。現実は憲法の理念に反することが起こっている。国民の政治不信もある。母親は貧しい生活の中で子ども4人を育て、教育だけは受けさせてくれた。口癖で近所の人に助けられて生活していると言っていた。岡山市は市民の命を粗末にしている。障害者の生活を守らずに介護保険の適応を迫る非人間的な行政が現実に起こっている。①医療・福祉・教育が充実した岡山市②豊かな自然環境を活かし、地域経済の発展で元気な岡山市、③憲法を尊重し、市民が輝き、人権が花開く岡山市の3つの政策で市民と一緒になって、命と暮らし応援の市政をつくりたい」と述べました。

 

市長候補の氏平長親(うじひらながちか)さん

自治労連からの檄旗を送る花田県本部委員長

団結ガンバロウ

今度こそ、氏平さんを市長にしようと、檄旗や花束などが支援団体から贈られ、最後は田中のぞみ岡山市議会議員の音頭で団結ガンバロウを行いました。

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とき:2013年7月26日(金)12時15分~

ところ:中国電力岡山支社周辺

7月26日、金曜イレブンアクションは1周年となる抗議行動(49回目)を行いました。

この行動には27名が参加をして、いつも通り、中国電力岡山支社周辺を5周替え歌で抗議をした後、6周目はシュプレヒコールで訴えました。

報告では、伊原事務局長が朝日新聞からひろった記事を紹介して、「原発の再稼働申請が行われているが不備が明らかになって、保留された原発が6基ある。理由は過酷事故に対する対策は個々の原発によって違うにも拘わらず、1つの原発の解析を流用して使っているなど、ずさんな申請が目立つ。如何に電力会社が規制委員会を見下しているかが分かる。大飯原発に至っては地盤の状態さえ把握していない」と批判しました。また、福島1原発の廃炉費用を電気料金に上乗せする方針を経済産業省が明らかにしたとして、「理由は電力会社が古くなった原発の廃炉をためらわないようにするためだとしているが、電力会社に甘い経済産業省の体質がよく分かる」と皮肉を込めて報告しました。

抗議行動はその後、「♪~上を向いて歩こう~の替え歌」を歌いながらデモ行進を行いました。途中、平和行進が26日で広島に引き継ぐことから、「原水爆禁止世界大会を成功させよう」「核兵器を廃絶しようと」アピールしました。

中国電力岡山支社抗議行動ニュース13.7.26

上を向いて歩こう2

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とき:2013年7月25日(木)9時~

ところ:浅口市金光総合支所~笠岡市役所

7月25日(木)、国民平和大行進は浅口市金光総合支所から笠岡市に向けて歩みを進めます。

    河手秀夫支所長

出発式では金光総合支所長の河手秀夫さんが激励のあいさつ。「核兵器廃絶と恒久的平和実現に向けて努力されていることに敬意を表する。原爆が投下されて68年、忘れることのできない夏が来た。核兵器の悲惨さを訴えてきたが、今尚、核兵器は世界の脅威となっている。核兵器廃絶・国際平和の実現に向けて努力してほしい」と話し、行進団に募金を贈呈しました。

     浅口市・桑野市儀

続いて、国民平和行進実行委員会を代表して浅口市の桑野市議が、「2月に宮城県南三陸町にボランティアに行った。現地では進まない復興を心配する声が多かった。福島県の人達は再稼働を危惧されていた。福島の最大の教訓は人類と核は共存できないことだ。しかし、事故を起こしたから安全とか、海外に売り出すとか本末転倒な事態が進行している。また選挙では国防軍をつくって戦争をする国づくりが進められようとしている。暗黒の政治は許せない」と核廃絶の決意を語りました。

   東京ー広島通し行進者の村田澄男さん

通し行進の村田澄男さんは、「東京―広島コースの行進者として岡山県入りした。82日目になった。間もなく世界大会がはじまる。政治の世界では核兵器保有を主張する議員もいる。核兵器をなくそう、9条を守ろう、原発はゼロを求める多くの国民との矛盾がある。日本国民の声を示すチャンスは2013年の世界大会しかない」と話し、世界大会への参加を訴えました。

   県内通し行進者の中島正智さん

県内通し行進者の中島さんは「今日で県内10目となった。昨日は小学校の男の子2名が一緒に歩いた。昔、父と一緒に歩いたことを思い出し、若い世代の責任を感じた」と昨日の行進を振り返って、決意も新たに挨拶を行いました。

     田村諭副市長

       柚木毅議長

途中、浅口市の休憩後、出発集会では田村諭副市長と柚木毅議長が挨拶、募金とペナントが送られました。

      大内常章町長

       岡本雅道議長

里庄町では大内常章町長、岡本雅道議長が激励のあいさつをして、職員の皆さんも沢山見送りに出てくれました。

     森岡總子議会議長

到着地点の笠岡市役所では森岡總子議会議長ははじめ職員の皆さんが横断幕を掲げて出迎えてくれ、市職労の主催でピースバルーンを上げました。

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とき:2013年7月24日(水)9時~

ところ:倉敷市船穂支所

7月24日(水)国民平和大行進は岡山県入りをして9日目となりました。朝9時、倉敷市船穂支所の出発式には30人が参加しました。司会は倉敷医療生協船穂支部の池上さんです。

      國府(こう)船穂支所長

最初に國府船穂支所長が、「広島・長崎に原爆が投下されて今年で68年になる。今尚、核兵器は世界に2万発以上あり人類を脅かしている。被爆国民として、広島・長崎の惨禍を忘れることはできない。この悲劇は語り継いでいかなければいけない。NOーモア!広島、NOーモア!長崎。核兵器廃絶を訴えて歩く平和行進が世界から核兵器をなくすことを願っている」と挨拶しました。この後、船穂支所からペットボトル募金が県内通し行進の中島さんに手渡されました。

日本共産党田儀倉敷市儀

現地実行委員会を代表して田儀市議が平和行進の歴史を紹介しながら、「元気よく核廃絶を訴えて行きたい。平和行進は今年で55年となる。第1回の平和行進は1958年6月20日に広島から出発した。当時は1人で西本とお坊さんが広島を出発したが、東京に入った時は1万人の大行進となった。この行進が岡山に到着した時、増本さんが同行して東京まで歩いた。船穂町からは柚木進子さんが県内を歩いた。柚木さんはその後亡くなられたが、今は娘さんの康子さんが歩き続けている。こうした感動的なドラマがある。先の参議院選挙では反戦・平和を訴える日本共産党が議席を増やした。平和運動の力になる事は間違いない。NPT再検討会議を成功させるために奮闘したい」と話しました。

村田澄男さん(全国通し行進者・広島コース)

全国通し行進の村田澄男さんは、「東京を出発して今日で81日になる。12都府県90日の行進も残り少なくなった。核兵器廃絶の願いを各地で訴えてきたが、世界大会に多くに人に参加してほしい。原爆展も多くに人に観てほしい。世界では核兵器廃絶の約束がされているが、その道筋が明らかにされてない。平和行進がその役割を果たせればこんなに素晴らしい事はない」と広島への決意を語りました。

    県内通し行進の中島正智

県内通し行進の中島さんは「体調に気を付けて核兵器廃絶を訴えていきたい。若い人も参加しているが、若者が次世代の子ども達に核兵器廃絶運動を伝えていかなければと思っている」と次世代に運動を引き継ぐ事の大切さを語りました。

この後、行進団は玉島市所、金光支所に向かって元気よく出発しました。

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と き:2013年7月18日(木)

ところ:備前市~岡山市東区役所

概 要

 平和行進3日目、午前9時に岡山市東区役所で出発集会を行ないました。雲に覆われた天候で雨が心配されましたが、途中から晴れ間が広がるなど歩きやすい1日となり、約80人が参加しました。

 出発式では岡本区長からのあいさつがあり、「今年も8月6日・9日が近付いてきた。核兵器による人類の悲劇は2度とあってはならない。唯一の被爆国日本から訴えていこうというみなさんの草の根運動は意義深い。6月19日、オバマ大統領はドイツ・ベルリンで核兵器廃絶を改めて追及していくことを宣言した。こうした国際的な状況をつくりだしたのもみなさんの運動の成果だ」と激励してくれました。

テナントを受け取りました(^_^)/

後進の様子

曹原寺で昼食をとりましたヽ(^o^)丿

 午後2時過ぎ、行進団は岡山市内東山・岡山市原爆死没者慰霊碑に参拝し、線香を手向けました。平末市被爆者会会長は、「平均年齢は80歳を超えた。しかし、みなさんが核兵器廃絶、原発ゼロの運動に参加してくれたことに支えられている。日本政府は日米安保条約によりアメリカに依存しすぎている。本政府はなぜ核兵器廃絶の立場に立てないのか。私は90歳、100歳まで生きて頑張りたい」とあいさつしました。

中尾県実行委代表は、「広島・長崎から68年が経過した。全世界には1万7300発余りの核兵器がある。その内4000発が実践配備されている。いつでも発射できるという危険な体制にある。核兵器のない世界を築きたいという願いは全世界に広がっている。新アジェンダ連合が176各国の国が賛成し、日本を含め6か国が反対した。日本政府は安保条約に縛られ核兵器廃絶が言えない。日本政府を非核の政府に作り変えよう」と力強く訴えました。

その後、行進団は岡山協立病院に行き、協立保育園の園児たちの歓迎を受け、最終地点の県庁まで元気に行進しました。

園児たちは元気イッパイ(*^^)v

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とき:2013年7月16日(火)12時~17時

ところ:岡山県備前市寒河

7月16日(月)国民平和大行進は兵庫県から岡山県に引き継がれました。引き継ぎ場所となった寒河のバス亭では、岡山原水協から120人が出迎えました。兵庫県の行進団が到着すると早速、引き継ぎ集会となりました。

兵庫県の行進団

司会の平井さん(岡山県原水協事務局長)が兵庫原水協代表の梶本事務局長を紹介すると、梶本さんは西岡代表のメッセージを読み上げ、「9名の県内通し行進者と雷雨、交通渋滞の中を何とか岡山県に引き継いだ。参議院選挙と知事選挙があり、覚悟はしていたが兵庫にとっては痛手だった。しかし、行進参加者も沿道募金も昨年を上回った。岡山の皆さん、元気で広島に引き継いで下さい。長崎でお会いできることを楽しみにしています」と紹介しました。

梶本さん

岡山県を代表して母親連絡会の河重寛子さんは、「不安定な天気が続きますが、皆さん元気ですか?平和行進は岡山県に引き継がれました。参議院選挙の真っただ中、安倍政権は新規制基準を梃子に原発を再稼働しようとしている。福島第1原発は地下水が溢れ、汚染が広がっている。15万人もの人達が避難生活をしている。日本は核兵器を持とうと思えば1年以内につくれると、昨年、自民党幹事長・石破茂氏はこう言った。これが原発再稼働にしがみ付く本当の理由だ。核と人類は共存できない。2013年原水爆禁止世界大会を成功させましょう」と挨拶しました。

河重寛子さん

続いて、東京から通し行進者と奮闘している村田澄男さんが紹介されました。村田さんは元養護老人ホームの職員で定年退職を機に全国通し行進に挑戦されています。フィリピンからの全国通し行進者のマラヤ・ファブロスさんは膝の半月板損傷でドクターストップとなり行進を断念されています。村田さんは、「65歳になる。兵庫県では10人の通し行進者がいた。多くの人達が行進し、自治体でも歓迎してくれた。この行進が県民の共感を得て自治体をも動かしている事に感動している。兵庫県は知事選挙の最中であり、幸いタスキがオレンジで選挙のシンボルカラーと一致した。参議院選挙でも核兵器廃絶と平和を求める勢力に前進してほしい」とエールを送りました。

村田澄男さん

続いて、岡山県の通し行進者、中島正智さんが紹介され、「未来の子ども達にきれいで平和な世界を残したいという思いで平和行進に参加した。福島に事故で放射能の恐怖を肌で感じた日本から世界に核廃絶を訴えたい」と決意を述べました。

中島正智さん

早速、行進旗の引き継ぎや湯茶の接待を終えると、「核兵器をなくそう、ノーモア広島、ノーモア長崎」と88名の行進団がスタートしました。

行進団の先頭

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とき:2013年6月22日(土)18時~

ところ:まきび会館

 高梁市の職員で文化財保護の職務に従事していた森宏之さんが2004年に過労で亡くなった件で、地方公務員災害補償基金(以下、地公災基金)がまともな調査もせずに死亡原因を公務外として、公務災害認定をしなかった事を踏まえて、4年半の裁判に原告の森貴美さんが勝利しました。

 訴訟を支援する会は6月22日、報告集会と懇親会を開きました。約20人が参加して、勝利判決を祝い、原告の貴美さんを励まし、これからの基金の動きを見守ろうと確認し合いました。

 報告集会の中で原告を支えて奮闘された奥津亘弁護士は、「当初は審査会の資料もなく、周囲の人も口が重たかった。高梁市の市長が変わったことを契機に、教育委員会の態度も変わり資料が手に入った。貴美さんが森さんの仕事を詳細に調べて緻密な資料をつくった。それによって一日の残業量が割り出され、裁判長もこれを認めたことだ。また、自治労連と自治労が小異を捨てて大同に就いた支援が勝利につながった」と裁判勝利の要因を語りました。

 奥津亘弁護士

 原告の貴美さんは、森さんが亡くなった当時の事を振り返りながら、「倒れた時、夫の心臓が止まり、脳出血も危険な状況だとドクターヘリから連絡があった。手術後の一週間、子どもと毎日見守り続けたが主人はなくなった。それから2年もして公務外通知が来て、困っている時に奥津先生に出会った。子どもの年齢を聞かれ、一歳だと答えると、だったら諦められないな、と言われた言葉は今でも忘れない。子ども3人を抱えて、生きている事が苦しい日々が続いた。支えてくれた人達には感謝でいっぱい。9年前から心の針が止まっていたが、やっと腕時計を付けられるようになった。心の針を戻したい」と長く苦しかった胸の内を明かしました。

故・森宏之さんの妻であり原告の貴美さん

 その後の懇親会では、考古学の仲間や労働組合の役員から支援の契機となった思いが語られました。その言葉の中には、森宏之さんが学者としても労働運動の役員としても人を引き付ける人格者だった事や、地公災基金のあまりにもずさんな調査結果に、公務に関わる関係者が義憤に駆られた事が溢れていました。労働組合の違いを超えて、支援の輪が広がったことにも新鮮な動きが生まれました。互いの役員が名刺交換をして、交流する事の大切さを語る状況はまさしく、森さんがやり残した大切な遺跡を共同して発掘しているようでした。

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とき:2013年6月16日(日)13時30分~16時30分

ところ:倉敷駅前商店街ビオス憩いの広場

自治労連は6月16日(日)、倉敷駅前商店街ビオス憩いの広場で「生き活きフェスタinくらしき」を開き、家族連れなど600人が参加して賑わいました。午後1時30分のオープニングでは花田自治労連委員長が「私たちの街をもっと暮らしやすく、安全で安心して生活できる街にしようと今年も開催する運びとなった。一緒に楽しみながら、学び、働くことをみんなで考え交流しましょう」とあいさつしました。

オープニングでは高校生によるダンスパフォーマンスが披露され、男の子たちのブレイクダンスに盛んな拍手が送られました。第2会場では14時からアユ釣りやアユのつかみ取りに子どもたちが挑戦して、びしょ濡れになりながらアユを追いかける我が子に、盛んな声援を送るお父さん、お母さんの姿が見られました。

第2会場では、揚げパンと牛乳のセットやアユの炭火焼が格安で販売され、飛ぶように売れています。第1会場に戻り2階に上がると、そこは工作コーナーが開かれており、倉敷市内の学校図書館司書の皆さんによるパネルシアターが始まっていました。

クイズ形式で動物の生態がわかる特製のパネルの前には、子どもたちが答えを探して説明に耳を傾け、手品のようなパネルの世界に興味津々です。見守るお母さんたちからは思わず拍手が湧き起こりました。階段の下では保育士さん達ができたばかりの「アンパンマンちょうちん」をヨーヨーのように弾ませて子どもたちを誘っています。たちまち工作室の「つくって遊ぼうコーナー」の周りは人だかりができ、牛乳パックで簡単にできるヨーヨーに子どもたちは夢中になっています。

その間に、親たちは今話題の「子ども子育て支援新制度」の展示で学習するにくい企画が用意されています。学習と遊びが融合して「遊ぼうコーナー」はやる気と集中の世界となりました。となりでは、環境部会はリサイクルを意識的に取り組もうと、「マイはしづくり」「ペットボトルの竹トンボや空気砲工作」など楽しみがいっぱいの企画にとりくみました。

1階のメイン会場に戻り、給食試食コーナーでお腹を膨らませると、健康チャックコーナーで検査気分。落ち着いたところで、みずしま財団のパネル展示を見ながら、「倉敷の海の現状やアマモ場・干拓の役割」を学習。説明によると、マップは地元の中学生の作成と聞き、秀逸な作品に驚きながら係の女性に、「分かり易く描かれている。子どもたちにとっても記憶に残る作品」と感想を語りながら、しばらく会話が弾みました。

最後はTPPについて担当の宇野忠義さん(弘前大学名誉教授)と懇談です。街頭宣伝の参考にと質問しながらじっくりと解説を聞くことができました。TPPの関税撤廃の前に、日本のすべての産業がアメリカ企業の食い物にされることが分かっていながら、TPP参加が止まらないのはどうしてか?など。一部の輸出大企業が儲かると言うのも間違いだと分かりました。アメリカは利益のない協定に参加しようとする日本に驚いているそうです。

TPPは単に利益だけの問題ではなく、検疫もなくなり、世界の細菌がグローバルに蔓延する協定だと再発見。アメリカは世界の富を食い荒らし、破壊する恐ろしい怪獣だという認識が甘いと自覚しました。気がつくともう、フェスタは終わろうとしています。2年に1度の企画ですが、毎年の企画が望まれる内容でした。

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