岡山県労働組合会議

はい、岡山県労会議です。086-221-0133

県労会議のスケジュールを更新しました

新しいスケジュールはココ県労会議7月24日~8月29日スケジュール

2017.7.28安心職場セミナー

2017.7.30人権講座

2017.8.3~8.9原水爆禁止国際会議・世界大会

2017.8.11憲法落語

2017.8.18~20教育のつどい

2017.8.20障害者の生活を考える岡山の会

2017平和大会1次チラシ

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とき:2017年7月27日~28日

ところ:全労連会館2階ホール

7月27日から2日間、全労連評議員会が開かれました。評議員や役員、傍聴など203人が参加する大会に次ぐ決定機関ですが、全労連の大会は2年ごとです。その間の方針を補強する重要な会議です。2日間で38人が発言しました。前大会以降、事務局長が急死する事態となり、事務局次長が急遽代行する形になりましたが、さすがに全労連の人材は信頼に足る人が多いです。ところで評議員会は、前大会で確認された3点の到達とそれをさらに発展させる方向が方針の補強として採択されました。①は組織拡大、②は8時間働けば人間らしい暮らしができる社会の実現、③は安倍政権を退陣に追い込むこと、改憲を許さず戦争する国づくりをさせない取り組みを確認しました。組織拡大や憲法に関する発言は16本、労働法制は5本、最賃や春闘、賃金闘争は14本出されました。

賃上げではJMITUから、「東京北部の単組が1年前から準備を進めて3万円の賃上げを勝ち取った経験や大幅賃上げを諦めがちだが初任給で12,500円を実現した。千葉の支部では非正規から正規への転換で7万円の賃上げを実現。第1次・2次の闘いで3700人が統一ストに立ち上がった」と報告しました。

組織拡大について北海道労連は、「5つの指標で1年間を総括した。要求は前進したのか?活動家は増えたのか?組合員は増えたのか?組織は増えたのか?日常活動は前進したのか?など新しい視点で運動を捉える試みを始めた。無期雇用転換では組合に入れば不安定雇用を変えられるという希望と励ましが求められている。この問題はマスコミを通じて道民に広がった」と方針を実践するための工夫や組合の信頼を広げる運動が強調しました。

日本医労連は、「組織拡大を意識して9年連続増勢で大会を迎え、登録も増やした」と大会60周年を迎えたことが報告しました。

国公の組合からは、「働くルールを確立する運動として過労死110番に取り組み6件の電話はあった。月100時間の残業をしても4割の残業代しか付かない。妻が100~150時間の残業をしている。190時間の休日出勤もあり長時間残業が蔓延している。人事院は改善を求めている。給与削減問題は請求を棄却されたが社会保険庁の闘いでは1人が処分取り消しとなった。仲間を励まし控訴取り下げの運動で北海道では断念させた。外国人実習機構では組合員を30名増やした」と厳しい公務労働を跳ね返す取り組みを紹介しました。

宮城県労連は仙台市長選挙に触れて、「野党共闘は難しい、忍耐が必要。12月には知事選挙もあり、さらに前進させたい。東北大学の限定職員問題は全国どこでも起こりうる問題。1万人いる職員の半分が非正規。3200人の雇い止めを発表。組合に40名が加入して闘っている」と地方労連への期待や取り組みを報告しました。

女性センターの全教の仲間は、「子どもに武器を持たせない。憲法を守り生かそうと連日宣伝に取り組み1263回の宣伝行動を実施。行動して社会とつながることが大切。教職員は集まることも難しくなっているが、それでも集まり、しゃべることで社会と権利を知り、パパママの会をつくって活動している。憲法を生かす取り組みで職場を元気にしよう」と発言しました。

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とき:7月26日(水)9時~12時30分

ところ:笠岡市~広島(大津野石樋公園)

7月26日(水)平和行進。笠岡市から広島へ引き継ぐコースに参加しました。県境を過ぎた大津野石樋公園で引継ぎです。95名が参加しました。

笠岡市役所前で開かれた出発集会では、小林嘉文市長があいさつに立ち「県境の笠岡市として行進団を送り出す大切な日です。平和を共有する輪を広げましょう。被爆国として全世界に訴えたいことは多い。私も署名をした。世界に核兵器廃絶の願いを届けよう」と力強く訴えました。栗尾順三議会議長も紹介されました。

岡山最終日の総指揮を担当する井笠地域実行委員会の井木守さん(笠岡市議)は「自分は1958年生まれ。平和行進が始まった時だ。今年は被爆者の願いが叶い、核兵器禁止条約が採択された。笠岡市では役所と市民が一体となって被爆者署名に取り組み、8000筆くらいの署名を集めた。自分としては国際的な運動に参加できたと思う」とこの間の運動を振り返りました。

岡山コープ井笠エリアの松岡玲子さんは「毎年平和の取り組みをしている。昨日、福山工業高等学校の先生と生徒さんに来ていただいて、被ばく前の広島の街並みを再現したコンピュータグラフィックス映像を見せていただいた。小学生から戦争体験のある80歳までが熱心に聞いた。戦争を知らない生徒さんたちが製作されたことに感銘を受けた。平和を後世に引き継ぐ取り組みを続けたい」と語りました。

通し行進の西田さんは「東京夢の島を5月6日に出発した。笠岡市では職員と市民が一体となって平和を守る運動に取り組まれている。こんな自治体はどこにもない。笠岡市は素晴らしい。日本一の市長さんだ」と感激し、称賛の言葉を贈りました。

アメリカから来たサム君は「被爆者の国と国民を理解したいと講義室ではなく、実際に自分の目と耳で確認したいと思い行進に参加している。大学では社会学を学んでいる。自分は特別な人間ではない。普通の学生だ。アメリカは原爆を正当化している。しかし、広島・長崎を繰り返してはならない。私たちの世界は多様に生き共存している。恒久的な繁栄と他国を理解するためには学ぶことで痛みも理解できると思う」と話しました。

平和行進も県内最後の行進日です。「様々な平和への思いや取り組みが市民を励まし、考え、運動を広げることが明日の日本を明るくする」という思いを強く意識する出発式でした。岡山の行進のためにつくった核兵器廃絶の替え歌が元気に歌われました。行進の途中では城見保育園の園児たちの熱烈な歓迎。地元婦人会の皆様のそうめんと冷たいおしぼりやトマト、お茶の接待に感激です。そうめんを3杯も食べた人も。

平和行進は多くの人たちに支えられながら元気を増し、その熱い思いを引継ぎ広島・長崎に届けていきます。

引き継ぎ集会では広島の福岡代表理事が嘱託教員としての経験を紹介され、「核兵器禁止条約が採択され被爆者の願いが実現した。残念なことに日本はこの席にいなかった、という趣旨の学級通信を出そうとするとクレームが付いた。しかし、多くの職員から評価され、3日後に発行された」と話しました。被爆地でも闘いが常にあることが実感されました。

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とき:2017年7月23日(日)

ところ:山手支所~ COOP総社東~総社支所~清音公民館~真備歯科診療所~真備支所

7月23日(日)平和行進、総社山手支所を出発してCOOP総社東を経て、総社市役所、真備歯科診療所で休憩、倉敷市真備支所までの工程です。山手支所では平支所長さんが歓迎の挨拶、通し行進の西田さんは、笠木徹の「平和の暦」を歌いあげました。アメリカの大学1年生サム君は「アメリカで平和について研究中。インターネット募金で日本に来た。平和の種をまき、平和の思いと和が広げたい」と訴えました。山手支所からは60人が元気よく出発。総指揮は実森さんでした。行進団は休憩地点COOP総社東店に到着。COOPで組合員活動をされている岩さんが歓迎の挨拶。「総社東エリアでは8月に戦争を語る会を開いている。語る継ぐことが大切」と話し行進団を労いました。ここでも西田さんは、「西へ西へと広島に向かっている」と笑いを誘う挨拶。サム君は「皆さんの歓迎と、接待に感謝している」と述べました。サム君はここでも募金集めです。皆さん、お札を次々に入れてくれました。私はサム君を引っ張って、お願いに回りました。ここで行進団は75名と膨れ上がりました。障害者の方も途中まで車イスで参加されました。

総社市役所では市長をはじめ、役員の皆さんが出迎えました。片岡聡一市長は「一緒に歩いている難波市議は議会の時より元気そうだ」と冗談を飛ばしながら、「平和市長会議の最初の市長になったのは私。地方の市長も平和について考えを持つべき。市民を守るのは市長の役割。道のりは長いが一歩一歩の歩みが国を変える」と話し、「皆さんは日曜日に職員がいないと思っているでしょうが、ちゃんといるのですよ」と胸を張りました。荒木議会議長は「例年よりも暑いと聞く。身体に気を付けると同時に、行進団の訴えの通り、核兵器を良いと言う人はいない。核で脅して自分の主張を通そうとする輩に平和を求める世論で反撃しよう」と訴えました。行進団を代表して挨拶に立った西田さんは、「平和行進が始まって60年。日本が私たちの運動で批准するように頑張りたい。全国15の知事、715の市町村長が署名している核兵器廃絶署名。被爆国の日本がしなくて誰がする。出来ないのであれば政府を変えるしかない」と力強く呼びかけました。ここでもサム君は平和募金を訴えました。市長をはじめ役員の皆さんも協力してくださいました。ここでは市民劇場から西田さんに折り鶴の束が託されました。

清音村では池上館長が歓迎。「最近は戦争を知らない議員が多い。南スーダンへの自衛隊派遣もおかしい。平和への思いを訴えてほしい」と話されました。ここで行進団が少し隊列を縮小して、替え歌にコール、訴えを続け元気に行進。休憩地点の真備歯科へ。おいしいトマトにスイカ、トマトや胡瓜の辛子付け、そしてシフォンケーキが行進団の喉とお腹の渇きを癒しました。

行進団は一路、真備支所へ。三谷支所長は「お疲れ様、被爆から72年。惨劇を二度と繰り返してはならない。後世に語り継ぐことも大切。倉敷市は32年前に平和都市宣言をした。小学校5・6年生は毎年、平和バスを出し広島・長崎に行くなど、啓発活動をしている。行進が大きな成果を収められるように祈念する」と歓迎の挨拶。医療生協の多田さんは、「核兵器禁止条約は7月7日に採択された。核を持つ国は9カ国、核の傘にあるのは28カ国だ、今年は核兵器廃絶にとって大切な年」と決意を語りました。

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と き:2017年7月22日(土)13時30分~16時

ところ:岡山市勤労者福祉センター5階体育集会室

7月22日(土)、岡山市社会保障推進協議会の総会記念として、NPO法人医療制度研究会理事長の本田宏さんが講演しました。本田さんは介護・医療崩壊の深層と再生の処方箋と題して、権力の構造や日本人の支配に対する弱さなどを解明。その帰結として医療費抑制がすすむ実態を詳細に語りました。先生は福島県郡山市の出身です。近くには二本松市があり会津白虎隊で有名。若い頃はパイロットになりたかったそうですが、お母さんに反対され、医師になったそうです。

会津藩は幕末に戊辰戦争で負け、明治政府から冷遇された。したがって、今でも県立医大しかない。日本は医師不足であり諸外国と比べて極端に少ない。WHO加盟国で63位、OECD加盟国ではビリから4番目と解説。それでも比較的西日本は医師数が多い。それは薩長が戦争に勝って、早くから医学部ができたことと関係があると説明。

安倍首相は介護離職ゼロなどと言ったが、現実は10万人も離職、女性が多い。岡山は7000人も施設への待機者がいる。これが現実だ。自分の母親が認知症になって埼玉県で施設に入れようとしたが空いている施設の利用料は入所時に500万円、月々29万500円だった。介護制度の劣悪さで毎年57件が倒産している。保育も一億総活躍社会とされながら入所できない状態、大学の学費も私立大が131万円、公立が81万円だ。諸外国ではイギリス43万円、フランスが2.1万円。年金の総合指数も世界27か国中26位で中国や韓国、インドよりも低い。さらに3.4兆円の削減でリニア―新幹線がつくられる。こうした事態を一般の人は知らない。伝え方も難しく、学習会をこまめにするしかないと強調しました。

なぜ、このように貧しい社会保障なのか?と切り出し、最近、厚生労働省の若手官僚「不安な個人、立ちすくむ国家」の論文を引用して、「手厚い年金や医療制度は必ずしも高齢者を幸せにしない」とする日経新聞の記事を紹介しました。そこで、NHKのトト姉ちゃんから、「日本の社会保障制度は長女も次女も3女も自助だ」として公助は最後にしている政府の政策を簡潔に冗談交じりに説明しました。2006年バレンタインの翌日に1通のFAXがきた。それは高岡義人という長崎大学の名誉教授からだった。高岡先生は、厚生省保健局長が1983年書いた「医療費抑制を目指す当時の厚生省は医療費亡国論」であり、医師過剰時代の到来を喧伝し始めたことを紹介してくれた。さらに資料をもらったことで、なぜ、日本の支配者が官僚主導・天下り構造になっているのか、官尊民卑になっているのか?について興味を持ち、明治維新から調べ始めてわかった。それは幕末から明治への改革は、アヘン輸出で巨利を貪っていた大英帝国ジャーマンマセソン商会が、幕末に長州ファイブという井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)らを1863年渡英させ、薩長同盟として坂本龍馬には武器と船を与えたことが始まりだったとしました。その代理店が長崎のトーマス・ブレーク・グラバー(グラバー邸)だった説明。したがって、歴代の総理は伊藤博文など薩長の家系であり、支配のルーツがあると話しました。今、日本はアメリカの支配下にあり、日米合同委員会が日米関係を決めている。

日本国民の7割がメディアを信用している。医療は政治がすべて。政治を変えなければ社会保障は成り立たないと締めくくりました。

 

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とき:2017年7月21日(金)12時15分~

ところ:中国電力岡山支社周辺

7月21日(金)金曜イレブンアクションに24人の参加でした。とにかく暑い。さすような熱さに焼かれそうです。集合場所は日陰でいいですが、行進中はほとんど太陽の直射でヒリヒリします。

7月15日、漁業者が「風評被害の元を断ちたい」再稼働反対海上デモを行いました。玄海原発3、4号機の再稼働に反対し、15日に新松浦漁協が行った海上デモに参加した刺し網漁を営む桑下康博さん(47)は再稼働について「なんにもいいことはない。心配事が増えるだけ」と話しました。「一番気がかりなのは風評被害だ。事故が起きれば、放射性物質の流出にかかわらず、魚の価格に多大な影響が出ると思う。最近、テレビで魚の寄生虫アニサキスが取りあげられると、魚価が落ちた。アニサキスなんて昔からいた。もしこれが原発事故だったら……。風評被害の元を断つためにも、原発は動かさないほうがいい。それが一番」と思うと話されました。その通りですが、私は命の問題として考えてほしいとも思いました。もちろん、漁業者の皆さんには死活問題です。みんな立ち上がっています。私たちも頑張りましょう。

関西電力が社員の給与カット幅を見直すことが分かったそうです。福井県の高浜原発3、4号機が再稼働しましたが、8月からの電気料金値下げが決まったために、近く労働組合と協議を始めるそうです。社員にも「メリットを還元する」と言っています。関電は、2013年に電気料金を値上げした際、社員の月給を5%程度カットすることで労組と合意しています。昨春には、家庭向け電力販売の自由化を控え、社員のやる気を高めるといった名目で、削減幅を2.5%に縮めていたそうですがどうするのでしょうか。結局、カット幅は5%に逆戻りするのでしょうか?地域の賃金相場が下がりそうだ。投資家に株の配当をするくらいなら職員に還元したらどうだろうか?原発を廃炉にしたら、さらに賃金をさげる方向に行きそうだ。

今日は替え歌で「海を越え ニューヨーク/国連 決めた~よ/世界のどこにも 持たせない/平和 求めて/話そう いらない/核の兵器は 悪魔の兵器さ/つくるな 核兵器(つくるな)/とばすな 核兵器(飛ばすな)/どこにも いらない/平和な 世界に/

みんなで 決めたよ」と国連での核兵器禁止条約採択を祝いました。

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7月20日(木)平和行進。

岡山市から早島町へのコースですが今日は県労会議の担当日です。弓田事務局次長を先頭に70人が行進しました。

出発集会の会場となった岡山市大供公園では岡山市の森安保健福祉局さんが、市長のメッセージを代読されました。毎年、同じ内容なので簡単に紹介しますが、岡山空襲の日が岡山市平和の日となっていること、S60年に平和都市宣言をしていることなどが盛り込まれています。残念なのは核兵器廃絶に対する市長さんの意向がなかなか表明されないことです。このあたりが他の自治体との違いです。局長さんからはペナントと募金が手渡されました。

県労会議の三上議長は県原水協を代表して、「平和行進も5日目。核兵器禁止条約が国連で採択された。大国が参加していない面もあるが転換点になっている。一方で安倍首相は世界の何処でも戦争のできる国にしようとしている。しかし、国民の支持は得られず、支持率は極端に下がっている。一緒に戦争反対、核兵器廃絶の声をあげましょう」と挨拶しました。

岡山市被爆者会の平末さんは、「今年も暑い夏がやってきた。一昨日は慰霊碑にお参りいただいた。物故者は764名となった。生存する被爆者も平均年齢が82歳となった。自分は24歳の時に岡山に来た。2年後に第5福竜丸の久保山愛吉さん(1954年月23日没)が亡くなった。あれから63年経って、日本国民の願いが世界を動かした。核兵器廃絶の願い実現が真直に迫っている。多くの国民が批准を願っている。しかし、核保有国はいまだに放棄する様子はない。使えない核兵器の製造、保有していることを危惧している。このままでは目を瞑るわけにはいかない」と話しました。

通し行進者の西田さんは、「滋賀県から来た。広島に向けて西へ西へと歩んでいる。サッカー選手の本田圭佑さんがメキシコの強豪クラブ、パチューカへ入団したが、背番号は2番で指2本のピース(Peace)だ。核兵器禁止条約は時期尚早だという評論があるが、被爆国日本が今批准しなくて何時するのだと思う。出来ないのなら政府を変えるしかない。批准は日本政府の務めだ」と強調し、西田さんが好きな笠木透の歌「平和のこよみ」を歌いました。「名もない人々よ、歌え、歌え。憲法が生まれて70年戦争せずに70年」と歌声を響かせました。

昼休み休憩はコープ大福です。職員さんが出迎えてくださり、コープの平和への思いを強く感じました。休憩時間に明治機械(会社)に努める2人の青年と話しました。お名前は備中君22歳、岡田君33歳です。平和行進2回目の備中君は労働組合の要請に二つ返事で参加したそうです。原水禁大会へは参加したことがないと言うので、強く参加をお勧めしました。被爆者のことや国連での草案採択は知らなかったと言います。それでも核兵器廃絶や平和行進には関心があったと話しました。誘えば気軽に参加する青年はいるのですね。西田さんは岡山の平和行進は青年が多いと感想を述べています。

行進は無事に早島町に到着。今日は中島君が行進団を立派にリードしました。感謝。

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と き:2017年7月19日(水)
コース:岡山市内
概 要

7月19日、国民平和大行進が岡山市内に入りました。岡山県庁を出発し、表町商店街、奉還町を経由して岡山市役所まで歩くコースで、90人が参加しました。


岡山県庁における出発集会では、県総務学事課・佐藤課長が、「核兵器廃絶を願う皆さんの行動は世界に波及している」と行進団を激励しました。また、四国平和行進のリレー旗を香川県原水協福井事務局長が全国通し行進者の西田さんに引き継ぎました。


西田さんは、「5月6日に東京を出発して今日まで歩いてきた。行進の最中に核兵器禁止の国際条約が制定されたが、日本政府は批准するつもりはなさそうだ。私たちの運動で批准するように頑張りたい」と訴えました。


表町商店街に入ると、実行委員会が事前にポスティングしていた募金の訴えと被爆者国際署名への協力がりました。3300円の募金と11筆の署名が寄せられました。

また、沿道から、「がんばって!」と多数のエールがありました。途中、岡山シティミュージアムに立ち寄り、岡山空襲資料館を見学しました。お昼休みをオルガホールでとり、出発の際には多数の生協職員が見送ってくれました。

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と き:2017年7月19日(水)18時~

ところ:岡山駅西口さんすて

7.19総がかり行動に55人が参加しました。宣伝カーを平和行進に貸し出しているために、いつも通りの宣伝ができないために西口のサンステで宣伝を行いました。

戦争させない1000人委員会の大石弁護士、自由党の姫井代表、社民党の武本さん、共産党の森脇さん、1000人委員会議長の梶原さんが訴えました。

話題はアベ政権の支持率が3割を切ったこと、戦争法や共謀罪だけでなく自衛隊を憲法9条に加えようとしていること、稲田防衛大臣の失言、違法発言、偽証などの話題も豊富です。森友・加計学園の特区制度を利用した優遇や政治の私物化などが国民の政治不信を増大させています。核兵器廃絶禁止条約に際して日本の政府は席を立ちました。

こんなことでは世界の平和に貢献できないばかりか、国民は安倍政権の進める戦争政策の犠牲になってしまいます。今こそ「アベいらない。辞めろ」の声を大きくする必要があります。丁寧に説明するとして嘘ばかりで国民を舐めている政権を国民の運動で政治の部隊から引きずり降ろしましょう。

今日は久しぶりにコールに挑戦しましたが失敗でした。コールの内容が雰囲気にあってなくて、さらに、参加者の声が聞こえ難いためにうまくつなげませんでした。反省です。

次回に挽回します。皆さん、お疲れ様でした。

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と き:2017年7月18日(火)9時~

ところ:西大寺町~岡山県庁

7月18日(火)、平和行進3日目(西大寺~岡山県庁)のコースです。朝から空模様。時折激しく雨が降りましたが、午後はすっかり晴れました。参加者は65名でした。

出発式では、総指揮を担当する竹永市議が「自分は晴れ女。雨も上がってくる。122カ国の賛成で採決された禁止条約を広げたい。1歩でも2歩でも平和をつなぐことは、宝物を引き継ぐこと」と挨拶しました。

東区役所の区長さんは、「体調に気を付けて。核兵器廃絶運動は求められながらもどこにでもあるわけではない。ここに来れば平和がある運動として頑張ってほしい」と話されました。

通し行進の西田さんは、「滋賀県から来た。5月6日に夢の島を出発して西へ西へと歩いている西田です」と自己紹介。通し行進の中で一番感動したことを話すとして、「愛知県の豊橋市に桜丘という高校がある。そこでは福岡県の星野村から原爆の火をもらい受け、今も絶やさず灯し続けている。その生徒たちは戦争をする国は許さない、憲法9条を守れと書いた横断幕を掲げて出迎えてくれた。感動的だった」と振り返りました。

横断幕を持ち、青年のリレータスキを掛けた小田島さんは「岡山の平和の願いを青年の一人として届けたい」と決意を述べました。

12時の休憩は東山で慰霊行動が行われました。被爆者の皆さんが出迎えてくれました。

県原水協代表の一人でもある花田さんは、「今年の行進は例年になくうれしい集会から始まった。核兵器禁止条約が採択され、いよいよ実行の段階に入った。戦後72年、平和と核兵器廃絶を願う市民と被爆者の運動が実を結んできた、日本政府にこの条約を批准させるためにも廃絶署名を広げることが重要になっている。被爆者の体験が願いに応えること事は一緒に力を合わせることだ」と力強く挨拶しました。

岡山市被爆者会の平末会長は「戦後72年間、世界を動かす努力が実った。9月の国連総会に提案できるところまで来た。核兵器廃絶を訴えてきたが核保有国が反対している。核を持っていても使えないことは核保有国が一番良く分かっている。私たちは世界に向けて発信し続けたい。最近は手紙を出すとよかったと返事が返ってくる。年は取ったが、国連総会で採決されるまで目を閉じられない。51年に被爆者慰霊碑を建立した。今年は24名を8月6日に奉る。274名となった。核兵器廃絶に向けて頑張ってほしい」と挨拶です。

通し行進者の西田さんは、「憲法成功70年、平和行進開始60年の節目に歩けることに感謝している。本当は被爆国の日本が一日も早く批准すべきと思うが残念だ。政府と同時に県知事や市町にも署名に賛同してほしい」と率直な気持ちを述べました。

県庁までの道のりで行進団は途中、岡山医療生協に立ち寄りました。そこでは職員や協立保育園の園児が行進団を出迎え、先頭を歩く行進団に折り鶴のレイが送られました。

協立病院の院長も「命は何よりも大切なもの。平和運動のために力を尽くしたい」と行進団を激励しました。

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