10.19青年革新懇イチエフ学習会
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青年革新懇は10月20日の青年大集会を前に、平和新聞編集長の布施祐仁さんを講師に招き、話を聞こうと39人が参加しました。参加者は布施さんの著書「イチエフ」に登場する福島第1原発で働く労働者の生の声と下請け労働者の過酷な実態に聞き入りました。
イチエフの作者・布施祐仁さん
布施さんが事故現場に支援物資をもって駆け付けたのは、事故から1週間後だったそうです。きっかけは女子高生のネットの書き込みだったと言います。「福島を見捨てるな!福島県民は東京に電力を送ってきた。事故で逃げるな」というものだったと衝撃的に語り始めました。布施さんは南相馬市に入ったそうですが、道中行き交うのは救急車と自衛隊の車であり、後に知った話だがそれらは死体を運んでいたと話しました。4月に入って再び現地に向かうと、原発事故から30㎞後点でサッカー場が対策本部となり、ヘリコプターがホバリングして、機材やテントなどは張り巡らされるなど戦場さながらの場面に遭遇したと事故の凄まじさを語りました。労働者の話を聞こうと宿泊施設になっている湯本温泉に向かいましたが、無口な原発労働者の話を聞くために、ちょっとした工夫が必要だったと言います。労働者は蒸し風呂のような作業現場でタイペックという作業服を着て、汗にまみれている。その為に洗濯が必要で旅館の洗濯場では間に合わず、コインランドリーに人が集まる。そこに出かけて声を掛けると、「旅館は8畳一間に6人、エアコンなしで夏は寝られない」と話してくれたそうです。居酒屋でも待っていると労働者が集まり、そこでも話を聞く事ができたとして、「当時、労働者の汚染問題がクローズアップされたが、労働者の被ばく教育や作業服、防護マスクの着用などの教育がそんざいで、多くの労働者が放射性物質を吸い込んでいた。そんな時、建屋の地下で、汚染水に足を付けて仕事をした労働者の話が浮き彫りになった。APDという放射能検出器が連続音を出しているのに、元請けの労働者は汚染水の中を入って行った。その為に、靴の中に汚染水が入り放射線による火傷を負った。勿論被ばく量は180㍉シーベルトと高い値を示した。この時、下請けの作業員も仕事を手伝わされたが、問題なのは命の危険ではなく仕事を続けられるかどうかが心配になる。元請けの社員は首にはならないが、下請は線量限度がくればポイ捨てになるということだ。健康診断も始まったが、いざ病気になるとすべて自己負担。事故から国民の命を救う英雄扱いもつかの間で、海外では年金と表彰までされるのに日本は作業現場から放り出され何の補償もない」と原発労働の人権が保障されてないと告発しました。
タイペックを見せながら話す布施さん
布施さんは最後に、「福島1原発の作業現場では絆とは無縁な世界があり、原発が続く限り使い捨てにされる労働者の実態が続く。多くの労働者は地元住民で故郷を守りたいという気持ちから原発で働いている」と話しました。