岡山県労働組合会議

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日付 2011年11月12日

と き:2011年11月11日(金)18時30分~20時

ところ:岡山市勤労者福祉センター5階体育集会室

講師:大塚愛さん(子ども未来・愛ネットワーク)

概要:

11月11日(金)、194万県民アクション実行委員会(仮称)は大塚愛さん(子ども未来・愛ネットワーク)を招き、大塚さんが原発事故によって福島県の生活を離れ、岡山県に引っ越してこられた経緯や岡山県での活動の展望などをお聞きしました。集会には33人が参加しました。

   挨拶をされる大塚愛さん

大塚さんは、事務局の想像とは違い(たくましくがっしりとしたイメージ)、若くて小柄で綺麗な、おっとりとした女性でした。その大塚さんは24歳の時の農業研修を契機に、福島県の川内村で自給自足の生活を始めたそうです。以下、かいつまんでお話を紹介します。

パワーポイント使って、川内村での生活をご紹介いただきました。

そこは電気も水道も電話もない山奥で、地主さんに頼んで土地を借り、彼女は小さな小屋を建て生活を始めました。田畑を自分で耕し、沢の水を頼りに暮らすなど、若い女性の生き方として、とても考えられない暮らしでした。一年の就業を経て大工となり設計士のご主人と一緒になってから、自分の力で新居を建て、自然の中でゆったりとした生活を楽しまれていたそうです。子どもさんも生まれ、当初は嫌がっていた御主人も自然な生き方に慣れ親しみ、幸せな12年間続きました。さすがに電気もない生活では困ることもあり、ご主人が勉強して太陽パネルを使った発電に取り組み、初めて電気の有難味を感じたというエピソードも話に加わりました。

原発事故で汚染された地図を示しながらの説明

当時から原発に反対する運動に取り組まれていたお二人は、3月11日の震災以降、原発事故のニュース(爆発する前)を知ると同時に、急いで川内村から脱出したそうです。幸い震災で家はダメージもなく、コップが2個割れた程度でしたが、大塚さんは当初、村を離れることに躊躇したそうです。ご主人に急かされて(御主人は原発職員だった方から地震の際の危険性を聞いていました)逃げるように西に向かったと言います。途中で爆発の話を聞いて、「遂に放射能が降ってきた」と思い、逃げることに踏ん切りが付いたと、涙ぐむように話を続けました。ご主人の実家は横浜でしたが、震災の影響が大きいと聞き、結局、実家の岡山に越してきた。岡山に来てからは何かできないかと、様々な繋がりをもとに「子ども未来・愛ネットワーク」を立ち上げ、ご主人と2人で活動されるようになりました。

アロハで廃炉というフラダンスを披露していただきました

6.11のさよなら原発1000万人アクションで知り合った方々と一緒に活動するようになり、ホームステイや住宅を借りる運動、野菜を福島県に贈る運動を進めています。おいでんせー岡山など活発な活動をしているグループもあると教えていただきました。今、全国から避難してきている方は、夏で900人くらい、今は登録者だけで500人で、ほとんどが小さなお子さんを連れた母子疎開避難だと話されました。価値観が共有できず自分だけで避難してきた人もいて、6月頃から交流会もはじめ、8~10回くらいになると話しました。いっぽ一歩からはじめ、いずれは大きな運動に発展できればと抱負を語っていただきました。子ども未来ネットワークとしては、できれば怒りや悲しみはあるものの、反対の次に来るメッセージを届けたいと語っていただけたことが印象的でした。最後に趣味から生まれた、フラダンスでジョンレノンの音楽で踊る「アロハで廃炉」を披露していただきました。

フラダンスを踊る大塚さんは、楽しそうでより輝いて見えました。


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