連想分類語 安保破棄宣伝署名
とき:2010年6月23日(水)12時15分~
ところ:岡山駅ビックカメラ・コンビニサンクス前
概要:新安保条約改定50周年となるこの日、沖縄では戦没者慰霊祭が行われていました。米国との間に、国民の意向を無視して結ばれた日米共同宣言を守ることには熱心だが、沖縄の基地撤去や県民の負担軽減には背を向け続ける菅民主党政権は、沖縄の慰霊祭に出席して「沖縄の基地負担がアジア太平洋地域の平和と安全に繋がった。感謝する」と米軍がベトナムやイラン、アフガニスタンを侵略している事実を捻じ曲げて、感謝するとまでうそぶく言葉に、県民からは「帰れ」「冗談じゃない」とい声が上がっている状況を伝える宣伝行動となりました。
署名に協力してくれた若い人たち
中尾安保破棄岡山県実行委員会代表は安保条約が日本をアメリカの軍事と政治、経済のすべてをアメリカの支配下の置く内容になっていることを詳しく紹介して、その廃棄を訴えました。
自らが見た沖縄の基地や反対運動をしている人たちの声を紹介する垣内さん
垣内共産党県委員会国民運動委員長は沖縄の基地の状態や基地反対の運動をしている人たちの切実な声を紹介しました。菅首相が2002年と2006年に沖縄の海兵隊が日本を守り、抑止力にもなっておらず、沖縄の基地が撤去されても日米関係に支障はない、とした発言をしているとして、国民をだますこのような態度は許せないと話しました。また、沖縄の基地が今も住民を苦しめ、毎年米軍や海兵隊員による犯罪や被害が年間で200件以上もあり、これ以上沖縄県民を苦しめる基地はいらないと訴えました。この宣伝では11人で5筆を集約しました。
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とき:2010年4月25日(日)12時15分~13時
ところ:岡山駅ビックカメラ前
概要
安保破棄岡山県実行委員会は4月25日、沖縄県で普天間基地の即時撤去を求めて開かれる10万人集会に連帯して、昼過ぎの駅前で署名宣伝行動を行いました。街には赤・白のハナミズキが咲き始め、雨があがった岡山市の街並みを明るく彩っています。駅前宣伝に集まった実行委員会のメンバーは、次々に行き交う買い物客や通行人に、普天間基地の即時撤去を求める署名入りチラシの入ったティッシュを配り、署名を訴えました。宣伝カーからは県労会議の伊原事務局長と県平和委員会の中尾氏、共産党県委員会の垣内雄一国民大運動委員長がマイクを握って訴えました。
署名してくれた家族の皆さん
道行く人の中には「沖縄はアメリカの戦略基地だから基地は必要」と話す人や「沖縄は日本じゃない」という年配の女性など、テレビなどを通じて基地は必要、とする評論家の言葉通りの反応を示す人たちもいました。しかし、多くの人達は「沖縄県民は長い間、米軍の犠牲になって苦労をされてきた。もう、基地はいらないのではないか」と話す人や、「岩国基地を知っている、なくさなくちゃ」と3人で署名してくれた女子高校生たちもいて、この運動が支持されていることがよくわかりました。平和に関心のある若い人たちが集団で署名してくれる姿が印象的でした。この日の署名は45分間で63筆を集め、18人が参加するなど、これまであまり経験したことがない異色の顔触れと人数の構成となりました。少し、平均年齢が気にはなりましたが、心地いい春の宣伝日和でした。用意した500のチラシは30分でなくなりました。
若い2人連れの女性たちもまっすぐに署名の前に進み出てくれました。
最後はちょっと恥ずかしいと思う人以外で集合写真
頑張りました。
沖縄県では9万人の大集会
読み谷村運動広場
「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」(実行委員会主催)が25日午後3時すぎ、読谷村運動広場で行われた。普天間飛行場の県内移設の反対を訴える超党派の大会は初めて。 県議会が2月に全会一致で可決した意見書に基づき、日米両政府に県内移設の断念を求める大会決議を採択した。大会実行委員会は、渋滞で会場に到着できなかった人(1万人試算)を含め9万人が参加したと発表した。
大会であいさつに立った仲井真弘多知事は「政府は1日も早く普天間の危険性を除去してほしい。ネバーギブアップで、公約に沿った形でしっかりやってほしい」と述べ、先の衆院選で鳩山由紀夫首相が約束した県外・国外移設の履行を求めた。さらに「普天間問題は沖縄だけの問題ではなない。過重な基地負担の軽減に手を差し伸べてほしい」と呼び掛け、日米安保をめぐる本質的な議論を深めるよう全国に向けて訴えた。
県内移設の反対を県民の総意として訴えた大会は、5月末の決着を目指した政府の移設先見直し作業に大きな影響を及ぼす。参加者は大会のシンボルカラーである「黄色」のTシャツや小物、ステッカーを身に付け、県内移設に傾く政府に「イエローカード」の意思表示を発信した。【琉球新報電子版】
【大会決議文】
普天間飛行場の返還は平成8年日米特別行動委員会(SACO)合意から13年経過した今なお実現を見ることはなく、その危険性は放置されたままです。
しかも、平成16年(2004年)8月13日に発生した沖縄国際大学構内への米軍海兵隊所属CH53D大型輸送機ヘリコプターの墜落事故は、市街地に位置し、住宅や学校等が密集する普天間飛行場の危険極まりない現実を明らかにしました。一歩間違えば大惨事を引き起こしかねず「世界一危険な飛行場」の存在を改めて内外に明らかにしています。しかも、平成18年(2006年)の在日米軍再編協議では同飛行場の全面返還を合意しており、県民や宜野湾市民は、最も危険な普天間飛行場を早期に全面返還し、政府の責任において跡地利用等課題解決を求めているのです。
私たち沖縄県民は、去る大戦の悲惨な教訓から戦後一貫して「命どぅ宝」、基地のない平和で安全な沖縄を希求してきました。にも関わらずSACO合意の「普天間飛行場条件つき返還」は新たな基地の県内移設に他なりません。
県民の意思はこれまで行われた住民投票や県民大会、各種世論調査などで明確に示され、移設先とされた名護市辺野古沿岸域は国の天然記念物で、国際保護獣のジュゴンをはじめとする希少生物をはぐくむ貴重な海域であり、また新たなサンゴ群落が見つかるなど世界にも類をみない美しい海域であることが確認されています。
名護市長は、辺野古の海上及び陸上への基地建設に反対しています。また、勝連半島沖埋め立て案についてはうるま市長・市議会ともに反対を表明しています。
よって、私たち沖縄県民は、県民の生命・財産・生活環境を守る立場から、日米両政府が普天間飛行場を早期に閉鎖・返還するとともに、県内移設を断念し、国外・県外に移設されるよう強く求めるものです。
以上決議する。
2010年4月25日
4・25県民大会
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