岡山県労働組合会議

はい、岡山県労会議です。086-221-0133

日付 2014年9月29日

と き:2014年9月29日(月)12:15~

ところ:ビックカメラ前

概 要

秘密保護法廃止を求める岡山県実行委員会は街頭宣伝を行い、署名とチラシの配布を行いました。今回の行動には10人が参加し、署名8筆を集めました。

伊原潔さんがマイクを握り、「10月にも特定秘密保護法が閣議決定されようとしている。昨年12月に国民の大反対を押切り、特定秘密保護法が強行採決された。特定秘密保護法は時の政府の恣意的な判断で秘密を指定することができ、その期間は事実上無制限だ。しかも、何が秘密に指定されているかも秘密で、ある日突然逮捕されることになりかねない。そもそも、特定秘密保護法は憲法に照らしてみると、明らかに違憲だ。主権者である国民の権利を踏みにじるだけでなく、法律が憲法よりも上に位置付けられようとしている。安倍首相の狙いは、国民の知る権利を縛るだけでなく、憲法をなし崩しにしていくことだ」と訴えました。

 

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とき:2014年9月27日(土)13時30分~16時30分

ところ:三木記念ホール

9月27日、三木記念ホールにて「科学者とベコ屋がエネルギーといのちを語る」と題して講演会が開催されました。講師には小出裕章さん(原子核工学者)と吉沢正巳(希望の牧場・ふくしま代表)さんが、それぞれ1時間ずつ話し、休憩を挟んで会場からの質問に応えるコーナーが設けられました。参加者は338人でした。

吉沢さんは3.11の原発事故以来、福島の牧場に残り生き残った牛たちとの暮らしや、自らの葛藤を語り、福島の被害をなかったことにしようとする政府への怒りなどを吐き出すように力を込めて話しました。「牛は当初、300頭以上いたが原発事故でえさも与えられず200頭近くが死んだ。自分は管理者で任されていただけだが、どうしても放っておけなくて、何度も政府と懸け合って牧場に戻った。全国に呼び掛けて牧草ロールを集めた。子牛が生まれたが栄養が足らず、乳も満足に出ない状況で多くが死んでいった。賭殺してしまえ。何の価値もない牛はいらない。こんなことを言う人がいる。殺していい命があるだろうか?牛肉になるはずがそうでなくなったら殺していいのか?口蹄疫で沢山の牛が賭殺された。同じ結果にしたくない。牛たちは病気じゃない。牛に白い斑点が出て来た。放射能による影響を調べるのも科学の責任じゃないのか。自分も葛藤してきた。自分の体内放射線量も一時高かったが、今は活性水素水でかなり減った。しかし、牛にはそれができない。牛に生きる価値があるのかと。希望とは何か?絶望だけだと。何度も自問自答してきた。今は多くの皆さんに支えられて牧場を続けている。政府と東電になかったことにされてたまるか。殺すということはそういうことだ。応援してほしい。牧場を続けさせてほしい。希望が必ずある」と訴えました。

小出先生は自分が科学者として原子力の研究をする事に疑問を持って、研究を止め原発廃止の運動に踏み切ったことを話しながら、原子力発電所が燃やしている莫大な放射性物質の量が広島型原爆の1千倍以上になると詳しく分かりやすく説明しました。福島第1原発事故で収集がつかなくなった原発村の責任者が訪ねて来た。今は原子力工学を専攻する学生が集まらず、どの大学も学部を閉めているそうです。その時に小出先生は「これからは原発を廃炉にする研究をすべきだ。絶対に必要な研究だ」というと「それはできない」と帰って行ったそうだ。「こんなに大事故になってまだ反省していない」と悲しそうでした。その上で「国民が正しい情報に基づいて自分で判断できる社会にしないと、その内、人間が住むところはなくなる」と話しました。

この講演実行委員会は3月から組織され、県労会議も準備会から関わりました。原発をなくす上で正しい情報提供が必要です。学習と定例宣伝で学んだことを行動に生かすこと、志を同じくする人達と力を合わせることが大切です。今回の講演は橋本省吾さんの奮闘で実現しました。橋本さんの粘り強い活動には驚かされます。人脈も幅広く、学ぶべきところが多い人です。実行委員会参加を機会に、運動の輪が広がるよう関係者とのつながりを生かすことが共同の力を強化することにつながると考えています。

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とき:2014年9月28日(日)6時30分~

ところ:広島県北民商集合ー緑井地区

9月28日(日)、県労会議は県医労連の仲間と広島土砂災害の支援活動を行いました。前回は8月31日(日)にお伺いしましたので今回は1カ月ぶりの支援活動になります。街は前回とずいぶん様子が変わり、落ち着いた雰囲気になっていました。前回、街のあちこちで見かけたボランティアの姿はもうありません。今回は緑井地区の宇那木神社の裏山にある墓地の復旧作業をお手伝いしました。

墓地は土砂で埋まり、山から流されてきた流木が積み上げられ作業の困難さを予感させました。墓地に着くと管理されている方から説明があり、指定された区域のみ土砂撤去をすること、お骨や骨壷、線香立てなどが出た場合はかなわず管理者に連絡することなどが伝えられました。

作業現場は土砂で埋まり、2mくらい掘らないと墓石は出てきません。すでに作業を始めているグループもあり、土のうがあちこちに積み上げられていました。スコップで土砂をすくおうとすると大小の石や木片や根っこが邪魔になってなかなかはかどりません。それでも1mくらい掘り進むと墓石が見えてきます。全体が出てくるまで2mくらいは掘り下げないといけません。掘り出した土砂を土のうに詰めて運び出すのはリレーで運びます。狭い穴の中では作業も思い通りにいかず、30分作業、10分休憩の繰り返しです。午前と午後に分けて作業しましたが、私たちの墓石はついに全貌を見ることなく終了時間となりました。墓石は倒れ、納骨部分の逆さになっている状態でした。他のグループから骨壷が出てきたと連絡があり、私が壊れた骨壷とお骨を手ですくって、周囲の土ごと番号の書いてある袋に入れさせていただきました。

 土のうの積み上げを終えて作業を終了すると、まだ仕事が終わっていないことを痛感しましたが、広島の事務所では当分、この作業を継続するとのことでした。

 広島では労働組合や民主団体が連絡会を立ち上げ受け入れ体制を組織しています。北民商の事務所を拠点に災害対策連絡会として活動を始めました。現地では市のボランティア組織と並行して活動を開始して、これまでに1700人が支援に入ったそうです。市が受け入れたボランティアは35000人くらいだとのことでした。28日は生協と医労連の仲間50人くらいが集まって作業を行いました。

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