日付 2018年7月28日
とき:2018年7月26日(木)9時~
ところ:笠岡役所~城見小学校~大津野石樋公園
7月26日国民平和大行進もいよいよ広島へ引き継ぎです。笠岡市役所前で行われた出発集会では70人が集まり、最終日を盛り上げました。
横断幕、コープに虹の旗、風船、そして団体旗で市役所前はとても賑やか。テレビカメラも来ています。
笠岡市の小林嘉文市長は「73年前の広島原爆で多くの方が亡くなった。核兵器は絶対に無くさなければと思う。米朝会談で核戦争の危機を脱してホッとしたが、世界には未だ多くの核兵器が存在している。内紛で戦争が続いている。平和でこそ国民の暮らしも守られる。この度の災害では笠岡市も被害に会った。対策本部長と今日も対応していく。暑さも厳しい中、身体に気を付けてほしい」と激励しました。栗尾順三市議会議長も同席され、行進団に紹介されました。
地元実行委員会を代表して井木守市議会議員があいさつ。「1958年前に平和行進が始まったが、私はその年に生まれた。今日は広島へ引き継ぐ行進。1945年ニューメキシコアラモード原爆は生まれ、アメリカ・トリニティーで最初の原爆実験が行われた。今日は原子爆弾投下命令が下った日でもある。朝鮮の非核化など歴史的な歩みが始まっている中での平和行進の意義は大きい。笠岡市は6月の議会で請願が不採択となった。運動でこうした核兵器容認の動きを跳ね返し包囲していきたい」と決意を述べました。
コープで平和運動をしている小林恵子さんは「昨年は広島を訪問、今年は焼津にも行った。8月7日は長崎を訪問する予定だ。学び原子爆弾をなくす運動を広げたい。笠岡市でも福山工業の学生さんを招いて原爆展をやる。ご一緒に頑張りましょう」と平和運動の大切さを体験から語りました。
行進の出発では市長・議長の2人が横断幕を持ち、一緒に歩いてくれました。最終日は細い道が続き、自動車の往来も激しいため、常に行進団の後ろから「車が来ます」と声を掛け続けるのは笠岡市職労の赤沢さん。途中、菅原神社で休憩。このコースでお会いするJMIUの長谷川さんが亡くなられたと聞きました。毎年、お元気な姿を拝見していましたがとても残念です。コープの皆さんの湯茶の接待に感謝。酷暑の中にあって、スポーツドリンクやチューブのアイスは行進団の身体の渇きを癒し、参加者は「美味しい、冷たい」と笑顔いっぱいに声を上げていました。
沿道からは城見保育園園児の熱烈な歓迎を受け、行進団は元気いっぱい。カメラにはボンボンを振りながら「頑張って」と歓声を上げる園児の姿が何枚も収まりました。「ありがとう子ども達」「園の先生方、毎年、感謝」と何度も声を掛けました。
城見小学校では地元実行委員会の皆さんが、冷たいおしぼりとそうめん、冷たいお茶やスポーツドリンク、そして飴などで大歓迎。テントも張ってあり、至れり尽くせりです。
本当においしいそうめん。何杯も遠慮なくいただきました。腹いっぱいです。
大津野石樋公園では広島に皆さんが出迎えてくれました。お互いにエールを交換、府中町議の二見慎吾さんともがっちり握手。前広島県労連議長だった川后和幸さんとは再開を喜び合いました。広島の皆さん、大会でまたお会いしましょう。
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