連想分類語 ビキニ環礁事件
1月31日(火)、岡山県原水協は3月1日に開催されるビキニ集会に向けた公開学習会を開催しました。「ビキニ事件隠ぺいの謎を追う」というテーマで、岡村啓佐さん(ビキニ国賠訴訟を支援する会共同代表)を講師に招き30人が参加。
1954年3月1日、南太平洋ビキニ環礁で行われた核実験によって日本の漁船第5福竜丸の乗組員が被ばくしたことはよく知られています。アメリカが200万㌦を損害賠償として支払うということで事件は幕引きとなり、被災した乗組員のことは闇に葬られてしまいました。
岡村さんは、「ビキニ事件発覚後、日本政府は原爆症調査研究協議会に対応させ、アメリカ側からはABCC(原爆傷害調査委員会)のモートン博士などが対応に当たった。日米連絡協議会が開かれ、アメリカとの学術的接触は、小林六造以外は個々に接触することは禁止された。この小林六造は、戦時中は慶応大学陸軍軍医学校防疫研究室に所属し、731部隊に研究員を送り込んでいた人物だ」とし、要職に戦犯である731部隊関係者が配置されていた事実を説明しました。また、「アメリカは核によって世界の覇権を得るためにビキニ事件を利用し、中曽根康弘首相に『原子力の平和利用』を推奨させた。その時も、岸信介、正力松太郎などのA級戦犯がアメリカの手先となることを条件に免責され、要職に就いている」と日本政府がアメリカに取り込まれるきっかけを解説しました。
核兵器廃絶と原発ゼロの運動は日本を根本から変えることにつながっています。
0 Comments | Posted by sakaki in 学習・宣伝・組織