岡山県労働組合会議

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連想分類語  柴田さん

とき:2010年8月25日18時~

ところ:ピュアリティーまきび

概要:

 8月25日、国鉄労働組合岡山地方本部は1047名JR採用差別事件の解決・レセプションをピュアリティーまきびで開催しました。採用差別事件は23年間に及ぶ闘争となりましたが、民主党政権になってから政治解決に向けた動きが高まり、今年6月28日に国との和解が成立しました。国鉄がJRとして分割民営化された時、当時、日本の労働組合の中でも戦闘的な闘いで社会的にも大きな影響力を持っていた国労は国鉄の分割民営化に反対していました。当時の中曽根康弘総理は「一人も路頭に迷わせない」としながらも、後の回顧録の中で「民営化の目的は国労を潰すことが目的だった」と語っています。1987年4月の国鉄分割民営化で「JR不採用」とされ、さらに1990年4月には国鉄清算事業団から2度の解雇宣告を受けました。

感謝とともに23年の闘いを振り返る柴田さん

 国労は労働委員会・裁判闘争・ILO勧告を勝ち取る闘いに全力を上げ、当時、全国各地から支援共闘ができ、県労会議もこの一員として闘ってきました。組合員の皆さんにはカンパや物品販売などで多くの支援を頂きました。この採用差別事件の当事者で岡山争議団の柴田俊夫さんは県労会議の初代の議長でした。その時の事務局長が現在の県労会議の花田議長です。

県労結成当時を思い出しながら、柴田さんの苦労を労う花田議長

 県労花田議長は、「柴田さんが自らの闘いと同時に県下の労働運動を引っ張ってこられたことに敬意を表します。国労の団結と支援共闘の皆さん、それを支えた家族の力だと思う。バトンを引き継ぐことが恩返しだと思う」と話しました。

感謝の挨拶を述べる後藤委員長

レセプションの冒頭に挨拶に立った国労の後藤委員長は、「当事者を含めて解決案をめぐって議論を重ねながら、最終的に解決案を受け入れた。JRへの採用問題はあるものの、解決案を受け入れたことを嬉しく思っている」と、参列した104名に関係者に感謝とお礼を述べました。また、解決までの23年の記録集を編纂され、関係者全員に記念品として贈呈されました。解決を祝うと同時に、JRへの採用に向けた闘いの決意が次々に語られるなど、閉会までの2時間は走馬灯のように過ぎ、安堵とも決意ともとれる複雑な思いが交錯する懇談は終わりました。国労の皆様、お疲れ様でした。闘いは続きます。国家的不当労働行為は止むことはありません。国民的な闘いはこれからです。ともに頑張りましょう。

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