岡山県労働組合会議

はい、岡山県労会議です。086-221-0133

月別 2017年8月

8月5日(土)~6日(日)、原水爆禁止世界大会青年バスツアーが企画され、38人の青年が参加しました。主催は「Peace Pieceおかやま」で今年で10年目となりました。

広島に到着すると、被爆証言の聴き取りを行いました。お話をしてくれたのは波田保子さんです。波田さんは、「日本は戦争に負けるのではないかという雰囲気が高まる中、山県郡にあるお寺に集団疎開することになった。7~8歳だった私は泣いてばかりだった。原爆投下された8月6日は、先生に連れられて竹藪の中に逃げた。その後、先生たちが家族調査を行うために広島市に入ることになり、広島の惨状を聴かされた。それ以来、私たちは毎日門前で迎えを待つようになった」と当時を振り返りました。父親が波田さんを迎えに来てくれたのですが、「はじめはそれが父だとはわからなかった。父は友人の家で原爆に合い、かなりの重傷を負っており、服は焼け焦げ、肌はやけどで腫れていたからだ。私を連れて帰る途中で父は体調を壊し、そのまま救護所に運ばれた。急性原爆症だった」と語りました。

波田さんは卒業後、高等学校に行きたかったのですが、家庭を支えるためにゴム靴工場に就職しました。「両親は日雇いで働いていたが、父は原爆の影響から体が思うようにならず、働けないこともあった。それでも、父としての威厳を保とうとする父が嫌いだった。早く家庭から抜け出したい思いもあり、5歳年上の男性と結婚した。夫とは何でも話し合え、私を受け入れてくれた。やっと、幸せな家庭が築けると思った矢先に、会社が倒産してしまった。苦労しながら、私は福島病院に勤務することができた」と当時の苦労を語りました。

波田さんは病院勤務をするようになってから社会に目が向くようになり、「福島病院には原爆症の患者がたくさん来る。すべての命は平等であることを痛感した。今だからこそ、父も原爆症で苦しんでいたとわかり、その時の父の気持ちがわかるようになった」と話しました。

最後に、「私は世界から核兵器がなくなるまで訴え続ける。核兵器禁止条約の批准を日本政府は否定している。これからは、批准するようにと署名を集めることが大切だ」と政治のあり方を変えることを訴えました。

感想交流では、「自分の父を受け入ることができなくなったのも原爆があったから。核兵器はあらゆる人間関係までも破壊する」「核兵器の恐ろしさを身をもって知っている被爆者の闘いが戦争を防いでいると思った」「波田さんは淡々と語るが、背景には様々な思いがあるはず」と語られました。

原爆の子象前で記念撮影

折り鶴を奉納

 

とき:2017年8月6日(日)13時~

ところ:広島県立総合体育館グリーンアリーナ

8月6日(日)、原水爆禁止世界大会・in広島はいよいよ最終日です。しかし、一参加者として大会の様子のメモを取る余裕はなく、頼まれごとに翻弄される半日でした。開会のあいさつを野口邦和大会運営員会代表が行いました。広島市長からのメッセージの代読がされました。被爆者を代表して田中煕巳さんがあいさつ。それぞれの言葉には核兵器禁止条約採択を歓迎し、日本政府にその批准を求める内容でした。野口さんは条約が謳っている条文から「核兵器が使用されない唯一の保障は廃絶すること。核兵器のあらゆる所持形態と威嚇を禁止している。これによって核の傘に入ることも違法とされた」と禁止条約の持つ生命力と権威を絶賛しました。国際会議宣言起草委員長の冨田宏治さんは案文を詳細に説明しながら「議論の過程で国際的な平和の波運動が提案された。これは世界の国々が同時刻にピースアクションを起こすことで、その波が世界を一周するというもので9月20日の禁止条約調印開始から26日の全面的廃絶のための国際デーまで毎日続ければ地球を7周することになる。各国が自国政府の条約批准に向けてあらゆる努力を尽くそう」と呼びかけました。来賓として出席された谷本睦志市民局長は松井一実市長のメッセージを代読しました。メッセージでは「絶対悪である核兵器は一瞬にして広島の街を焼き尽くし、被爆者は苦しんだ。しかし、世界から核兵器を無くすためにあらゆる努力を払ってきた。禁止条約を歓迎する。国際社会は廃絶こそこれからの世界のあり方とすべきだ。実効性を高めるためにも私たちの取り組みが必要。平和市長会議の議長として162ヵ国。7400の加盟都市と力を合わせる」と述べました。

被爆者の田中さんは「13歳の時に長崎で被爆。同じ年の若者は6000人が一瞬で亡くなった。私たちは禁止条約ができて最初で歴史的な最初の世界大会を迎えた。昨年運動を開始されてからこんなに早く条約ができるとは思わなかった。夢のようだ」と喜びを語りました。

海外代表はオーストリア外務省軍縮軍備管理不拡散局次長のマルチン・クリューガーさんは「鉄のカーテンの崩壊までオーストリアはNATOとワルシャワ条約機構の境に位置していた。それに伴う危険と脅威に晒されてきた。オタワ条約として知られる対人地雷とクラスター爆弾の撤廃に尽力してきた。オーストリアはすべての核兵器を禁止した」と話しました。

フィリピンのコラソン・ヴァルス・ファブロスさんは「フィリピンでは一度撤退した米軍が安全協定の下に帰ってきた。基地は市民の安全と環境に重大な被害をもたらす。砂金は若者が組織化運動を率いるようになった。独裁政治に対する全国運動という組織を立ち上げた。沖縄の闘い、被爆者の闘い、チェジュ島、グァム、ミンダナオの闘いに励まされる。市民が立ち上がっている」と日本の闘いを励ましました。

折り鶴プレゼンテーション、国際会議宣言を受けての決意表明、青年のトークセッションなど多彩な行事で大会は盛り上がり、一気にフィナーレを迎えました。

大会は長崎に引き継がれます。私も歴史的な大会に参加できたこと、発言の機会を得たことなど、思い出深い大会になりました。これで4日間の報告を終わります。

No tags

とき:2017年8月5日(土)10時~

ところ:広島市文化交流会館3階銀河

8.5国際会議3日目です。いよいよ分科会のまとめと国際会議宣言案の提起と採択です。

司会は日本平和委員会の千坂純さんです。

*第1分科会の報告はフィリピンのアベリン・サラカタさんです。

アベリンさんはフィリピン戦争STOP連合 教育コーディネーターです。

被爆者を救う活動は署名だけではない。様々な方法がある。雑誌、漫画、コミックをつくって配る。戦争犯罪の責任を取ることを拒む政府の真相を明らかにする。禁止条約を活かして被爆者に希望を見出そう。今まで以上の力が必要だと思うが政府に対して態度を明らかにするよう求めることが大切。私たちは一つの大きな家族、つらい経験や運動を活かして核兵器を無くそうと議論された。

*第2分科会の司会者はフィリピンのユーリット・フェルナンデス・トレスさんです。

ユーリットさんは災害防止3民族機構 事務局長です。

ユーリットさんは18人が発言、5人が意見や経験を語ったとしました。発言は力強く、現在の政治に対して、権力について学ぶことが大切。核兵器の廃絶に立ち上がり、禁止条約と被爆者署名に立ち上がった人々。核関連の施設と原子力発電の廃止は閉鎖ではなく禁止の運動として広がった。非核自治体の運動も、署名や市域社会の会長やグループの働きかけで批准させることが大切。いつでも活動を続ける平和行進、日本人は詳しく若者に核物質のこと、闘いや原爆投下を伝えることが必要だろう。出版物を出すのもいいでしょう。メディアとのコンタクト、懸念や問題を認めない人に接触して体験を聞いてもらうことも必要。マーシャル諸島で暮らす人たちの支援も提案された。我々は運動を進めるうえでクリエイティブに目立つように、集団や一般の人たちの関心を引き出すことが求められている。リベリアでは夫が戦争を好むようならSEXを拒むのも方法だと言っていた。条約採択を知らせる集会、政治システムの勉強をする、防衛予算の拡大に反対する。国や自治体の政策を変えさせることだ。ディスカッションのバランスも大切だとする指摘もあった。より親密な関係で批准に向けた国際的なアピールを出す。同じ時期のアクションを起こそうとの提案もあった。9月20~26日に統一的な運動を試みようとの提案も。一般の人の意識は低い。継続した運動で若者を巻き込む。積極性を引き出すにはどうしたらいいのか?誤った情報に反対する運動や核兵器禁止に反対派の政治家の圧力も。

*第3分科会はアメリカのクリスチャン・セバスチャンさんです。男性。

安全な暮らしと環境を求めて議論。共闘し核抑止の論理を封じ込めるために条約の必要性を主張した日本の市民に敬意を。これは9条の強化にもなる。教職員からは若者の教育の必要性が説かれた。教科書を変えることだ。1人で署名を2万筆集めようと決意した人は現在5千5百筆を集めている。条約を越え国内外の問題含めて取りくむ。非核神戸方式に市長が否定的だとの報告も。北朝鮮に対する正しい知識が求められる。原爆資料館はおとなしすぎるとの意見も。

最後です。科学者会議(in高知)の代表が一日も早く条約の批准をと訴え、原水爆禁止世界大会起草委員長の冨田宏治さんから国際宣言(案)が提案され意見交換を経て採択されました。

No tags

とき:2017年8月4日(金)14時~

ところ:広島市文化交流会館3階銀河

さて、国際会議2日目分科会の議論を少し具体的に紹介してみよう。

沖縄の渡久地修さん(共産党沖縄県議団長)は、「禁止条約という成果は基地のない沖縄をめざす県民にとって勇気と勝利への希望を与えた。72年前の沖縄戦では県民4人に1人が命を奪われた。米軍は収容所に住民を囲い込み、勝手に土地を奪い基地を建設した。1972年に沖縄は日本に復帰したが、その願いは核も基地もない平和で豊かな沖縄だった。しかし、45年が経過した今でも国土面積の0.6%しかない沖縄に米軍専用の施設は70.4%も占めている。県民は基地がある故に、米兵の事件事故に苦しめられている。さらに、日本政府は名護辺野古の海に新たな基地建設を進めている。民意も民主主義も地方自治も否定して自国民を抑圧して基地を建設しようとする国が世界のどこにあるのか?翁長知事は沖縄県から平和を発信、核兵器廃絶に特別な思いで発信すると述べている。勝つ方法は絶対にあきらめないことであり、これが沖縄県民の合言葉」だと闘いの決意を語りました。

ベトナム戦争で今も米国が散布した枯葉剤の影響に苦しむベトナムのドン・フイ・クオン平和委員会事務局長も同じように闘いの決意を述べました。しかし、「多くの国は依然として核兵器と大量破壊兵器を研究、生産、売買、使用をちらつかせて威嚇している。数十億ドルもの規模を持つ兵器産業は巨大な発展を遂げており、こうした勢力とどう闘うのか?平和活動のつながりを強化することであり、経験に学ぶことだ」としました。

こうした問題に対して会場からは質問や意見が出されました。「トランプはどうなるのか?今やアメリカはトラブルの原因国だ」「フランスも核兵器を罪だと思っていない。アメリカだけを敵視しても問題は解決しない」「ムン・ジェイン韓国大統領に期待しているが、彼も保守派。周りを敵に囲まれ、北朝鮮に対抗するためにサードの配備を許した。朝鮮半島の非核化を言うが、それは北朝鮮だけだ「ワールドワイドな取り組みが必要であり、米国のみを敵視しない運動が求められる。ニューヨークに人を集めるのは困難を伴う。平和の波の運動はいいアイデアだ」「国際的な共同が大切であり、タイミングも必要。メディアが取り上げない中でSNSの発信の必要」など様々な意見が出ました。

それは分科会での具体的な発言で一層鮮明になった。

大阪の小林さんは「被爆2世の会の取り組みを紹介。被爆2世~4世まで検診で様々な異常が発見されている。日本ALLAの取り組みでも核兵器廃絶を訴えている」と紹介。

今治市新婦人の方は「自治体に要請すると同時にしつこく電話。1300筆の署名が寄せられた。最近は1時間で60筆も署名が集まるなど禁止条約で関心を持つ人が増えている。今治市は加計学園で有名になったが市民は怒っている」と政権への怒りを表明しました。

新潟の赤井さんは「学術会議は60年前の共同宣言を継承すると宣言した。軍産共同体を求める政府は予算を3年前の3億から11億円に増やしている。核兵器開発に反対する。平和の世論こそが抑止力。30年ぶりに平和の波運動を提起したい」と発言。

広島の大平さんは「木の葉のように焼かれて」の冊子を51年間発行していると紹介しました。若い人にどう引き継ぐのかも議論になりました。

岡山からは伊原が平和行進での替え歌を紹介。平井さんが県内自治体の署名が4日午前に西粟倉村がサインしたことで県内27の自治体すべてで署名がされ残りは県知事だけだと報告しました。

No tags

とき:2017年8月4日(金)9時30分~

ところ:広島市文化交流会館

8月4日(金)国際会議2日目。午前中は全体会議、午後からは3つの分科会という構成です。午前中は19人、午後は22人が発言しました。昨日は長尾ゆり全労連副議長が発言したと書きましたが、本当の発言は本日でした。初日に遅れて会場に着いたため、発言原稿を見てすでに発言済みと思い込んでいたためです。

最初はアメリカのジョゼフ・ガーソンさんがトランプ政権について、「北朝鮮への対応を理由としてICBMの実験や攻撃的軍事演習などを実施している。イランに新たな制裁を仕掛け、イスラム共和国へは体制の変更を求めている。米国は核武装したバナナ共和国であり、外国資本によってコントロールされる政情不安定な国になりつつあり、政治的、憲法上の危機に直面している」と告発しました。トランプ政権の周りで起きていることはすべて、核がらみだとして、「トランプ政権が核戦争をはじめる前に権限を取り上げようと立法案を支持する請願は50万人が支持した。どうやって核兵器禁止条約を前に進めるのか?条約への調印と批准、核軍縮への運動、諸勢力を動員した政府への圧力が有効だ」としました。また、「被爆者の証言や展示を利用した核兵器の人道的影響への理解や反対運動、核兵器から資金を引き上げるキャンペーン、課題で統一する運動をつくりだすことだ」としました。会場からは「平和の波」行動が提案されました。

国際平和ビューロー(IPB)の議長でイタリアのリサ・クラークさんの発言はとても理性的で示唆に富んでいました。IPBは1890年代初めに各国の平和運動の常設ネットワークとしてつくられ、今日では300の加盟組織がある。日本被団協も加盟していると紹介しました。彼女は核兵器禁止条約が新しいエネルギーを与えているとして、「条約は広い意味を持ち外交と法で平和を保障する国連の原点に立ち、市民外交の非暴力闘争の特徴がある。人道的イニシアチブという観点から核兵器がもたらす許しがたい結果に注目し、核兵器は単に道義に反するだけではなく、違法だと主張できるようになった」と話しました。条約は国連憲章の原点と70年の軍縮分野の成果と結びついているとして、「核軍縮が国連創設の目標だった。核兵器に使われる予算は世界の貧困、水不足、疫病、暴力過剰主義など人類の問題をどれ一つ解決していない。条約は廃絶につながる。核兵器では他国の優位に立てないことや国際法違反だと政府に理解させることが私たちの任務だ」と強調しました。

「条約の調印が9月20日に始まれば、促進のためのキャンペーンを組織して声を上げれば、政府は要求を無視できなくなる。何故なら核兵器と人類は共存できないからだ。イタリアはNATO加盟国であり国土にはアメリカの核兵器が配備されている。イタリア政府は自分たちの国に核兵器が優位をもたらすと考えてきた。しかし、イタリアの憲法には国際紛争解決の手段としての戦争の放棄を定めた11条項があり、日本の9条と似ている。その憲法を尊重して、死刑廃止、地雷やクラスター爆弾禁止のキャンペーンの先頭に立ってきたことを誇りに思っている。イタリアの年には平和活動の歴史がある。500近くの都市が平和首長会議に加盟している。これらの市長や行政官は政府に対して禁止条約に加盟するよう求めている。どうやれば世界的なキャンペーンを展開できるのか?禁止条約採択で生まれた弾みを活かそう」と呼びかけました。2人の発言は基調とも言える内容でした。

No tags

8月3日原水爆禁止世界大会国際会議に参加しました。42年に及ぶ核兵器廃絶運動の中でも参加はまだ2回目です。久しぶりです。会議には230人が参加しました。

核兵器禁止条約が採択されたもとで平和運動は勇気百倍、白熱した討論が展開されました。用意されたもので15本、飛び入り発言が7本と記憶にあるだけで22人が発言しました。全労連の長尾ゆり副議長は最初の司会でした。長尾さんは、「全労連の仲間は粘り強く宣伝署名に取り組んできた。世界は一握りの核保有国の勝手な論理や力で動くのではなく、民主主義のルールに基づく人々の声と運動によって動くのだということを目の当たりにした。アベ政権は改憲に乗り出した。全労連は憲法が生かされる社会に向けて決意も新たにしている」と述べました。さらに、「国連会場の日本の席が空席だったことは悲しかった」と長尾さんらしい表現で日本政府を批判しました。

被爆者訴訟全国弁護団長の斎藤清吾さんは「今なお続く被爆者の苦しみ」として、「原爆被害は70年たった今も続いている。政府は責任と補償を認めない。禁止条約を国際人権基準とする。マーシャル諸島の住民など核実験被害者との協同しよう」と提起しました。

マーシャル諸島のモレス・アブラハムさんは、「私たちは進んで医療を受けられない。設備もない。検診もない。病気を抱えながら暮らしている。生活は苦しい将来の世代が核兵器のない世界で生きることを望んでいる。皆さんが子や孫のために平和な世界を手渡そうと奮闘されていることに感謝する」と話しました。同じ諸島に住むアバッカ・マディソン・アンジャインさんは、「国際司法裁判所への提訴は成功せず、サンフランシスコの連邦裁判所への提訴も棄却された。しかし、パリ協定で成功し、核兵器禁止条約も採択された。中でも条文に使用者の責任と被害者支援が盛り込まれたことを喜びたい。条約はようやく世界が私たちの声を聞いてくれた瞬間だった」と涙ぐみました。

北朝鮮核問題について詳しく報告をした韓国のイ・ジュンキュさんは、「禁止条約は核兵器撤去と核にない世界に向けた一歩前進となり、世界の反核・平和運動の力を合わせる場になる」としたうえで、アメリカの核の傘に依存している国々のボイコットの理由が北朝鮮の核保有にあり、お互いにアリバイとして利用している」としたうえで、平和会談、平和条約、平和団体の構築など「朝鮮半島平和プロセス」を明確にすることであり、韓米共同軍事演習の中止とアメリカの核戦力前進配備の撤回を前提として北朝鮮に核実験・ミサイル発射の中止を求める大胆な提案が必要」と提起しました。

イギリスのハンナ・トゥエッデルさんは、「イギリスの核兵器システム・トライデントの更新は2016年に議会で十分な情報が公開されないまま可決された。国民の過半数は反対だった。EU離脱も国民投票は真っ二つに割れた。この間、労働党の党首にコービン氏が選ばれた。彼は生涯を平和運動に捧げた活動家だ。核軍縮キャンペーンの代表でもある。労働党は保守党に真の反対をつくつける指導者を得た。労働党は32議席増やし保守党は13議席減らした。コービン氏の政策に若者が共感し、投票率も58%まで増えた。公約も少数者のためでなく多数者のためにと社会運動としての概念を強化した。抗議行動に参加する若者が増えた」と話し、核兵器禁止条約の可能性を労働党の役割を語りました

No tags

と き:2017年8月3日(木)12:30~

ところ:岡山駅西口さんすて前

概 要

 

戦争廃止の総がかり行動実行委員会は、40人参加でプラスターアクションを行いました。

初めにマイクを取ったのは伊原さんで、「安倍首相は内閣改造に踏み切った。支持率工場を狙ったもので本質は何も変わっていない。さらには、2020年に改憲を実現すると述べ、日本が名実ともに戦争する国へと変えられようとしている。決して許すことはできない」と訴えました。その後、替え歌を披露し安倍暴走政治ストップを訴えました。

続いて、共産党・垣内さんがマイクを取り、「内閣改造によって閣僚の入れ替えが行われたが、一番変えなければいけないのは、森友・加計疑惑の中心人物の安倍首相自身だ。臨時国会をただちに開いて、真相を明らかにするとともに、解散・総選挙に追い込んで、国民からの退場の審判を下そう」と力説しました。

最後に、社民党岡山県連・宮田さんが訴え、「安倍首相はこれまでの自民党の首相と比較しても異質だ。国民の声に耳を傾けることをしないばかりか、批判する国民を敵視している。憲法を守り、国民のための政治をとりもどうそう」と述べました。

通行人からは、「安倍政権は絶対に許されない」「本当のことを言うべき」という声がありました。内閣改造をしようとも何ら変わらない安倍政権の本質を多くの人は見透かしています。

と き:2017年8月2日(水)10:00~
ところ:鳥取労働局
概 要

岡山県労働組合会議/パート・臨時労組連絡会は鳥取地方最低賃金審議会専門部会の傍聴に参加しました。岡山の最賃審議会は、本審議会は公開とされていますが、専門部会は第1回目を除き非公開とされています。そのため、最低賃引き上げに関する具体的な審議内容を知ることができません。しかし、鳥取県ではすべて公開となっているため、労働者側委員、使用者側委員双方の論拠を知ることができます。


中央最低賃金審議会の目安小委員会の資料を参照しながら、労使双方が改定額の提案を行い、労働者側委員は目安に+3円の25円を提示。使用者側委員は「一般労働者及びパートタイム労働者の賃金上昇率」から7円の引き上げが鳥取県の実体経済に合っていると主張しました。また、使用者側委員からは政府主導の3%引き上げの根拠が曖昧ではないかという指摘もされました。
その後、公益委員が間に立ち、労使それぞれと意見交換を別室で行いました。その間は休会となるためどのような意見交換となったのか知ることはできませんでした。
労働者側委員からは、下請け単価の切り下げ防止や最賃引き上げに伴う企業支援策なども求められ、この点については、使用者側委員も賛同していました。
最賃が引き上げられることで中小企業は影響を受けることが想定されます。中央最低賃金審議会では、「支払えない企業は市場から撤退してもらう他ない」というような意見も出ています。政府の政策でも中小企業を支援するよりは、自然淘汰で倒産する方が日本経済を活性化させるとする考えがあります。

安倍政権は日本を世界で一番企業が活動しやすい国にすると言いますが、この時の企業は大企業・多国籍企業のことです。地域の個人商店や地元企業のことは考えられていません。少子高齢化を食い止めるために必要なのが地域経済活性化です。この点では、たとえ労使であっても共闘できるのではないでしょうか。

<< Latest posts

Find it!

Theme Design by devolux.org

アーカイブ

To top